旅人かへらず  西脇順三郎

五四 女郎花(おみなえし)の咲く晩
  秋の夜の宿
  あんどんの明りに坐わる
  虫の声はたかまり
  手紙を読む
  野辺の淋しき

 
五五 くもの巣のはる藪をのぞく

五六 楢(なら)の木青いどんぐりの淋しさ
 
五七 さいかちの花咲く小路に迷ふ

五八 土の幻影
  去るにしのびず
  橋のらんかんによる

五九 とびの鳴く
  心にこだまする
  いつの間にか
  山の桜咲く

六十 女の笑ふ寝顔
  露草の色
  万葉人の淋しき