浅き春に寄せて  立原道造

今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえている
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない

今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはいない
だけれども たつた一度だけ
その人は 私のために ほほえんだ

さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに 笑みかはすであらう

今は 二月 雪の面につづいた
私の みだれた足跡・・・それだけ
たつたそれだけーー私には・・・

 

この詩人が好んで用いた、四行、四行、三行、三行の十四行詩(ソネット)形式で書かれており、まだ冷たさの残る早春の淡いさびしさに詩人自身の青春の感傷がうまくマッチして、あえかな美しさを奏でている。
          (小海永二「日本の名詩」より)