暦   立原道造

貧乏な天使が 小鳥に変装する
枝に来て それはうたふ
わざとたのしい唄を
すると庭がだまされて小さい薔薇の花をつける

名前のかげで暦は時々ずるをする
けれど 人はそれを信用する


  愛情    立原道造

郵便切手を しゃれたものに考へだす 
 
       (詩集「日曜日」より)


立原道造は昭和14(1939)年早春26歳で世を去った。「五月の風をゼリーにつくって持ってきてください。」これは、彼が死の床にふせっていたころ、彼を見舞った友人のひとりに注文した、彼らしい難題であった。
                  (神保光太郎)

 夏の旅    I 村はづれの歌

咲いているのは みやこぐさ と
指に摘(つま)んで 光にすかして教へてくれたーー
右は越後へ行く北の道
左は木曾へ行く中仙道
私たちはきれいな雨あがりの夕方に ぼんやり空を眺めて佇(たたず)んでいた
さうして 夕やけを背にしてまつすぐと行けば 私のみすぼらしい故里の町
馬頭観音の叢(くさむら)に 私たちは生れてはじめて言葉をなくして立つていた

 夏の旅    II 山羊に寄せて

小さな橋が ここから村に 街道は入るのだと告げている
その傍(そば)の槙の木のかげに 古びて黒い家・・・そこの庭に
繋(つな)がれてある老いた山羊 可哀さうな少年の優しい歓びのやうに
誰かれにとなく ふるへる聲で答へている山羊ーー
いつもいつも旅人は おまへの方をちらりと見てすぎた
 
(「萱草に寄す」と同時期の作。死後出版の全集では同詩集に収載。)