雨  北村太郎











春はすべての重たい窓に街の影をうつす。
街に雨は降りやまず、
われわれの死のやがてやってくるあたりも煙っている。
丘のうえの共同墓地。
墓はわれわれ一人ずつの眼の底まで十字架を焼きつけ、
われわれの快楽を量りつくそうとする。
雨が墓地と窓のあいだに、
ゼラニウムの飾られた小さな街をぼかす。
車輪のまわる音はしずかな雨のなかに、
雨はきしる車輪のなかに消える。
われわれは墓地をながめ、
死のかすれたよび声を石のしたにもとめる。
すべてはそこにあり、
すべての喜びと苦しみはたちまちわれわれをそこに繋(つな)ぐ
丘のうえの共同墓地。
煉瓦(れんが)づくりのパン焼き工場から、
われわれの屈辱のためにこげ臭い匂いがながれ、
街をやすらかな幻影でみたす。
幻影はわれわれに何をあたえるのか。
何によって、
何のために管のごとき存在であるのか。
橋のしたのブロンドのながれ、
すべてはながれ、
われわれの腸に死はながれる。
午前十一時。
雨はきしる車輪のなかに、
車輪のまわる音はしずかな雨の中に消える。
街に雨はふりやまず、
われわれは重たいガラスのうしろにいて、
春の冷酷な咽喉(のど)をさがす。
 (過去ブログの再録です。)