こんにちは。
仕事が忙しく、妊娠の経過も良くなさそうで、
ブログを書く気になれず、間が空いてしまいました。
その後の経過を、まとめて書きたいと思います。
5週6日の診察で、流産の確率50%と言われた私…。
翌日から、つわりが始まりました。
6週2日
胎嚢があって、赤ちゃんが栄養をもらう袋(卵黄囊)もあるが、
その隣に、もう一つ丸いものがある。
前回見えた、モシャモシャと動いているものはなく、
心拍らしきものが、チカチカ動いているように見える。
もう一つの物体は何なのか?
①双子のもう一人が流産している状態
②絨毛からの出血
③その他の出血
一番良いのは①だけど、この時点では、よく分からないので
様子をみることに。
念のため、HCGの採血をして帰った。
6週4日
6週2日の採血の結果、HCGが6万を超えていた!
一応、正常範囲内ではあるけれど、上限ギリギリの高数値なので、
先生は、大変、心配しておられた。
胞状奇胎の可能性があるかも知れないと言われ、
お先真っ暗な気持ちになった…。
胞状奇胎なら、子どもは諦めないといけない上に、
術後、ガンになるかも知れないという不安と恐怖が押し寄せてくる。
半年から1年は妊娠してはいけないらしく、ずっと検査に行かなくてはならない。
40歳以上は、子宮摘出を勧められることもある…と書いてあった。
私、41歳…。
もし、ガンになってしまったら、二人目どうこう言ってる場合ではなくなる。
フラフラで家に辿り着き、帰ってからワンワン泣いた。
6週6日
採血の結果、HCGは8万越え。
これまた上限ギリギリらしい。
10万を超えていれば、胞状奇胎の診断がつくのだが、
先生が悩むところであった。
これまで、よく見えていなかった赤ちゃんの姿が、
少し、はっきりしてきた。
よく確認できなかった心拍も、しっかり早いとのこと。
赤ちゃんが浮腫んでいるのかも(ダウン症など)という心配もあったが、
その可能性はなくなったそう。
恐らく、先生は、流産の可能性が高いと思われていたと思うけど、
赤ちゃんが週数通りに育っていて、
ますます診断が付けられず、かなり悩んでおられた。
毎日、ネットで調べまくったけど、
胞状奇胎なら、心拍が見えることは少なく、
ほとんどの人が、胎芽も確認できないまま流産されている。
本当に胞状奇胎なのか?と、疑問を感じた。
胞状奇胎はHCGが極端に上がることから、
酷いつわりがある事が多いらしいが、私は今までのつわりと同じ。
他にも当てはまることがなかった。
7週2日
私と先生の心配をよそに、
赤ちゃんは順調に成長していた。
ただ、隣の物体が何なのか分からない。
双子のようにも見えるけど、
絨毛が膨れているようにも見える。
埒が明かないので、先生が決断する。
中央市民病院へ転院することになった。
7週6日
大谷レディスクリニック、最後の診察。
採血の結果、HCG15万超え。
相変わらず上限ギリギリ。
転院してからの、あらゆるパターンを想像して、
先生が色々とアドバイスを下さった。
その中で、
妊娠継続できることが一番良いけど、
もし何か不安な要素があった場合、
決断を迫られることがあるかも知れない。
と言われたことが、私も一番不安に思っていること。
転院先でも、診断がつかない可能性もある。
先生は、「不謹慎だけど…」
としたうえで、まだまだ卵(凍結胚)はあるのだから、
今回の妊娠に、しがみつく必要はないよ。
とも言って下さった。
そして、
「これだけは言っておくよ、まだ赤ちゃんじゃない!」と、
何度も何度も言われた。
色んな考え方があるだろうけど、
先生は、私がもし、中絶を選んだ場合、
少しでも罪悪感を感じなくて済むように、
言って下さったのだと思う。
診察室では絶対に泣かないと決めているが、
この時は、本当に泣きそうになってしまった。
先生も、それを察したと思うけど、
さらにさらに、熱く語られ、
やっぱり、この先生に診てもらえて良かったなあと思った。
一人目の卒院の時のように、
笑顔で見送ってもらえたわけではないので、
少し寂しい形での卒院となったけど、
先生と、しっかり話が出来て、だいぶ気持ちも落ち着いたので、
新しい病院へ行くことに、もう不安はなかった。
そして、翌日、中央市民病院へ行きました。