朝、私はまだ眠気と戦いながら
飛び起きて
お母さんを確認する
酸素マスクが白く曇っている
よかった〜!息してる!
でも、顔がなんか違う
だし、呼吸はやはり浅くて早い
いつもと違う
でも、なんだかこんな感じでも
いつもどおりに子ども達を起こして
幼稚園に行かせなきゃ!と、
支度を急がせる
でも、今日はお風呂の日だなぁ
お風呂に入ってもいいのかな?
と、呑気に考え
訪看さんに電話する
訪看さんは、
ご家族がしてあげたいように
してくださって大丈夫ですよ
と、言ってくださったので
私はほんとに呑気に
次、いつ入れるかわかりませんから
入れてあげてもいいですか?
と、言っていた
でも、電話を切った後に
訪看さんの言う感じだと
これは最期のお風呂のになるんだな
きっと
と、我に戻って、ふと感じた
8時30分ヘルパーさんが来る
お母さんが倒れる前の
お風呂介助から大変お世話になってる
ベテランヘルパーSさん
Sさんは、偶然にも母と同郷で
いつも来てくれた時には
田舎の話をして盛り上がってたなぁ
お母さんはふるさとに
どれだけ帰りたかったかなぁと
思うと今も後悔するところです。
お母さんの状態を話して
9時からお風呂が来ることを話し、
急いで帰ってきます
と、言って子供達を幼稚園へ連れて行く
Sさんは目に涙を溜めて
わかりました!いつもどおりですね!と。
その時もいつもどおりに子ども達に
おばあちゃん!行ってきまーす!と
言わせて、家を出た
車の中でいろいろ考える
どうしよう…
どうしよう…と。
おばちゃんに連絡しなきゃ!
幼稚園に送り出し、帰りの車で
ハンズフリーでスマホで話した
お昼前に来てくれると。
おじさんにも、連絡しなきゃ!
スマホでメッセージを送る。
急変したら、連絡頼む。と返事が来る。
仕事中かな。
家に着くと、ヘルパーさんと入れ違いで
訪問入浴が来ていた
お母さん、お風呂に入っていたけど
今日は横顔がいつもと全然違うと思った
今まで、お風呂は子供達に手伝って貰ったけど
今日は、私が洗ってあげてもいいですか?
と、お願いして
お母さんの身体を洗ってあげた。
32年間、私を育ててくれてありがとう
涙が溢れる
私はお母さんが33歳の時の子です
今年で私は33歳です
なんだか、いろいろ考えさせられる
もっと一緒にいて、まだまだ甘えたかった
訪問入浴のスタッフさん達と
一緒に泣いた笑
スタッフさん、めちゃくちゃ優しかった
お風呂上がって、スタッフさんが
今日は
顔が見れて良かったよ〜
と、いって帰って行かれた
その後、すぐさま訪看さんが来てくれた
すごく頼りになる所長のEさん
その時、血圧70下50
サチュレーション99の110
相変わらず、呼吸が早く
そして脈も早い
脈を打つ時に音がなるタイプの
サチュレーションの機械を持って来てくれた
はめてみる
音が時々、飛ぶ
不整脈
時々、心臓お休みしてるね
昨日の夜からのこの呼吸状態だから
キツイかもね
これ、このまま、はめて帰るから
もし、脈が下がり始めたり
酸素が下がって来たり
状態が変わって来たらすぐ電話してね!
あと、先生が心配してるから
午後から往診ね!
そう言って、帰っていった
書き忘れたが、8日の午前中
ドクターの往診で
低空飛行で平行線、変わりなし
次の往診は来週ね!
髪の毛伸びて来たから切っちゃう?
白髪、紫に染めちゃえ〜!
とか、おふざけを交えての往診で
和やかに済んだんだけど
こんなに急変しちゃって
こういうのも、在宅のあるある
なんだろうか〜?と
感じた
そして
呑気に構えてたら
おじさんがお母さんの
旅立ちに間に合わないかも!と、
焦り、電話をかけた。
おじさんは高速で1時間程掛かるところに
住んでいるし、何としてでも
私はお母さんの兄弟を
絶対!絶対!
看取りに立ち会わせたかった。
そんなこんなで、おばちゃんが
来てくれた。
そして、旦那にも電話をかけた。
つづきます。