今日は、お酒とダイエットの本当の話をしたいと思います



パパとママはとってもお酒が好きなので、一花もきっとお酒が好きな子になると思ってる(笑)



お酒は、一度や二度はみんな少なからず失敗もするし、やっぱり体型や健康にも影響するからこのテーマは絶対パパから伝えておきたいんだ



なぜかと言うと、巷にはこのテーマの記事は沢山出ているんだけど、どうもパパ的には情報が芯を食ってないよう感じるので、一花にもわかりやすく解説しようと思う



酔っぱらうと太りやすいって知ってた??

お酒を飲む時の総カロリーは、

(お酒の量×お酒のカロリー)+(おつまみの量×おつまみのカロリー)

というのが普通の考えだと思う




だけどこれだけでは足りなくて、わすれちゃいけないポイントは「酔い」なんだ



「酔い」の説明の前に、「酔い」に関して重要な肝臓の働きを確認するね



お酒は身体の中の肝臓でアルコール分解されるんだけど、

その分解にかかる時間は、アルコールの量とアルコール度数%によって変わるんだ



そして次にあまり知られていないのが、そのアルコール分解にかかる時間は簡単に計算することが出来るんだ



アルコール分解にかかる時間の計算式

アルコール分解にかかる時間は

[(飲酒量ml×アルコール度数÷100)×0.8]÷(体重×0.1)で

計算することができるんだ



例:体重50kgの女性が、500mlの少しきつめのハイボール8%を飲んだら、

アルコール分解にかかる時間はなんと約6時間もかかるんだ!!

なかなかの負担でしょ??



そしてやっかいなのはここから


肝臓の働き

そもそもアルコールを飲んでいない時の肝臓の主な働きは下記3つ。


[table id=1 /]


            

酔いが太る理由

アルコールを摂取すると上の表の、肝臓の機能②解毒の優先順位が高くなり、

①代謝が行われにくくなるんだ



①代謝が行われにくいってことは、カロリー消費が行われにくいとも言えるんだ



つまりアルコールを摂取すると、長時間身体の代謝(カロリー消費)が止まることになるんだ



そりゃあ太るよね(涙)



女性の平均的な基礎代謝は約1日1,200kcalなので、1時間あたりに直すと50kcalの代謝。


さっきの飲酒量で計算すると、6時間×50kcal=約300kcal近い代謝がストップしていることになるんだ。



このストップした代謝(カロリー)+摂取したおつまみのカロリーが、余剰カロリーになるってことね。



そりゃ、お酒をよく飲む人は太るよね(ぴえーん)



どうだった??

もし一花が毎晩の晩酌が習慣となっているとしたら、健康的にもダイエット的にも、

気をつけないとね



それじゃ今日も夢とお財布と健康と、人とのつながりにいい感じの一日を!

ジャベリンパパでした

一花は今日の努力や勉強が、自分の将来にどれくらい影響があると思いますか?
 

ということで、今回は「将来を変える、今日一日の勉強」というテーマで話します

 

✓勉強の目的

学生の誰もがある日突然に、勉強のやる気が出てくるという経験をしたことがあると思います


 

例えば、急に勉強を頑張ろうと思って、今日から毎日3時間勉強するぞという感じで
 

 

しかし残念ながら、そういったやる気も失い、決めたことも途中で断念してしまうというのもよくある現実
 

 

そして、自分の意志の弱さを責めて「あれほどやると決めたのに、どうして出来ないんだ」と自分に嫌悪感を抱いてしまうことも…。
 

 

でも、なぜそういうことが起こるかわかる?
 

 

それは「何の為に勉強するのか」という目的に、大切な要素がある
 

 

そして、それを持って勉強をしなければ、必ず途中でやる意味を見失ってしまう
 

 

勉強というのは、「道具」にすぎない
 

 

沢山勉強して、すごく頭が良くなっても、
出来ない人を見下すとか、人の気持ちがわからないというのは
勉強という「道具」をあまり上手く使えていない
 

 

勉強という「道具」を本当に上手く使えている人は、
人から好かれたり、よその国を好きになったり、世の中の人達が喜ぶものを創り出すことが出来る

 

 

もうわかったかな?
 

 

「勉強」という道具は「ほかの人たちの役にたつため」に使って、はじめて上手に使ったといえるもの
 

 

つまり勉強という道具は、二つの目的があり
 

 

ひとつは、「自分を磨くため」
●二つ目は、「人の役に立つため」

 


※「人の役に立つ人」になる方法


 

この二つの目的のために使った時にはじめて

正しい使い方をしたと言える

 

 

現実に、どんなに学歴が高い人も、「勉強」をどうやって人のために役立てるかという具体的な目標が無い人は、勉強という道具を正しく使って成功することは出来ない
 

 

自分のお金欲しさに勉強したり、アルバイトをしたり、働こうとしたりというように、すべては自分の幸せの為に努力する人がいる
 

 

そういう人は、残念ながら学歴に関係なく、大きな夢を実現する素晴らしい生き方は出来ない
 

 

大人と子供の夢の違い

小さい子供は、夢を語る
次から次へと、たくさんの夢を語る
 

 

でもいつの頃からか、それを口にしなくなる
 

 

だいたい中学生から大学生くらいの年代の多くの人は、大きな夢を語るのをやめてしまう
 

 

そこには様々な理由がある
 

 

馬鹿にされるのが恥ずかしいからという人もいる
どうせできっこないからと端からあきらめている人もいる
 

 

そうして「やりたいことがない」とか「まだ決まっていない」と言うようになる
 

 

ところが不思議なことに、大学を卒業して仕事を始めて数年ほどたつとまた、夢を語りはじめる人が多く出てくる
 

 

どうしてかわかる??
 

 

それは社会に出て、仕事を通じて、世の中の役に立つことを手に入れたという実感が得られるから
 

 

だから、仕事でそういう実感が得られない人は、大人になってからも夢を語ることが出来ないままになってしまう
 

 

また、大人になってから再び語られる夢は、子供の頃に頂いていた夢とは大きく異なる
 

 

数年間の空白の時間に、子供の頃に思い描いていた夢とはまったく違う夢を持つよ

うになる
 

学校の先生や、親をはじめとする多くの大人は、この空白の時期にいる若い人達に「夢を持たなきゃダメだ」「若いのに時間を無駄に使ってもったいない」と叱咤激励する
 

 

そういった大人達にはもちろん悪気もなく、むしろ自分達の経験から、若い人たちのことを思って、言ってくれている
 

 

だけど、もう少しだけ解像度高く、若い人達のこの時期に何が起こっているのかを知る必要がある
 

 

子供の頃に見る夢はとても素敵で無邪気
 

 

ちょっと興味があるものから、かっこいいと思うものまで、何でも将来の夢になる可能性がある
 

 

ところがほとんどの場合、それは自分の欲求を満たすための夢
 

 

●自分がかっこいいと思われたいから
●自分がそれをやるのが好きだから
●自分がお金持ちになりたいから
●自分が楽をして成功したいから



どこまで行っても自分中心
 

 

ところが、そういう夢が実現されたことは過去にそう多くはない
 

 

夢を抱く子供たちも、その夢をどこかで捨てなければならない日がやってくる
 

 

※夢をあきらめない方法
 

 

一方で、大人になってから抱く夢は自分が中心ではない
 

 

中学から大学時代にかけて夢や目標を持てず、自分の人生にどんな価値があるのかを知らずに過ごしてきた若い人たちが、「自分もこんなことで人の役に立つことができる」という一つの生きる意味を見つけるところから始まる夢
 

 

もっともっと、自分が人のため、世の中のためにできることがあるんじゃないかと考えていく
 

 

大人になって揚げる夢とは、この世界に生きる一員として、他の人たちに対して、もっと沢山の事ができるんじゃないと考え、その方法を大きくしていこうと考えること
 

 

そして、これが正しい夢の定義であり、実現する夢
 

 

つまり、学生時代に経験する夢を持てなくなる空白の期間は、
実現する夢とはどういうものかを学ぶ期間
 

 

ではどうして、そういう期間ができてしまうのか
 

 

それは、多くの子供が自分の幸せのために生きるように教え込まれるから
 

 

親をはじめとする社会全体が、子供の幸せを願うあまり、
●「自分の将来のために勉強しなさい」
●「自分の将来のためにいい大学に入りなさい」
●「自分のために〇〇を今のうちからやっておきなさい」
と教えてしまっている

 


我が子の幸せを願うのは悪いことではない
 

 

でも、子供が幸せを手に入れる方法は「自分のために頑張ること」ではなく、「人のために生きること」
 

 

小さい頃から持ち続けていた夢を実現した人は、きっと子供頃から「僕は将来〇〇になって、多くの人に幸せになってもらうんだ」というように、人の役に立とうと思っていたはず
 

 

人間は人のためにこそ、より強い意志を持って行動できるように出来ている
 

 

これが人間の素晴らしいところ
 

 

勉強しなくて困るのは自分の周りの大切な人

「頑張って勉強しなさい。出来なくて困るのはあなたなんだから…。」
 

 

そう言われて、「困るのは自分なんだから、ほっといてよ」なんて思ってしまった経験はないか?
 

 

でも、困るのが自分以外の人だとしたら?
 

 

きっと、そっちのほうが力を発揮できると思う
 

 

実際のところ、勉強をしないと困るのは、実は自分ではない
 

 

人間は一人で生きていくことは出来ない
 

 

そしてこれからも、沢山の人とつながって生きていく
 

 

このさき、幸せな人生を送っていくとしたら、自分が存在する理由をつくって、多くの人と関わりながら生きていくはず
 

 

そして自分と関わって生きていく人達は、自分が勉強という道具を使って、自分を磨き続けたからこそ、その恩恵を手に入れることができる
 

 

つまり勉強しなければ困るのは、自分ではなく、将来あなたと共に生きる人達
 

 

たいそうな事を言っているように聞こえるかもしれないけど、
実際に勉強という道具を使って自分を磨いておくことには、大きな意味がある
 

 

たとえば、自分が今以上に「人の気持ちがわかる人」になれたら?
今以上に「素直で優しい心を持つ人」になれたとしたら?
今以上に「意志の強い人」になれたとしたら?



きっと、将来あなたに出会う人は、あなたに出会えて良かったって、今のあなたのままでいる以上に思ってくれるはず
 

 

このことを心から納得し、人のために自分を磨いていこうと心底思えたとき、今まで経験したことのないような力を発揮することが出来る
 

 

「勉強」をして大成した人たちは、ある点で共通している
 

 

小さい頃から「世の中のためになる人になりなさい」と言われて育ったということ
 

 

そして、そうなろうと努力して成功してきた
 

 

決して「自分が幸せになるためには、どうしたらいいだろうか」と考えて成功したわけではない
 

 

だから「何のために勉強しないといけないの?」と聞かれたら、こう答える
 

 

「どんな生き方をしてもいい。でも人の役に立つ人になりなさい。そのために勉強するんだよ」
「今日の頑張りが、将来あなたが出会う、あなたの大切な人達の人生を変えるんだよ」
「その人達のために頑張りなさい」



そして、「”勉強”は人の役に立つ使い方をして、はじめて”できる”って言うんだぞ」と…
 

 

そして、勉強した結果で手に入れたもので、たくさんの人を幸せにしてほしい
 

 

将来出会う人達はそれを心から待っているから
 

 

自分が思っている以上に、今日一日の勉強が、将来の世界を大きく変えることにつながる
 

 

そのことを忘れないで、頑張ってほしい
 

 

大人になっても、自分の大切な人を幸せにするために毎日勉強しているパパより
 

一花は今一番、興味があることはなんですか?
 

ということで今回は「興味を持つことが人生を4倍豊かにする」というテーマで話します
 

忘れることの難しさ


いきなり質問ですが、次の二つのうちどちらが難しいか、考えてみてほしい
 

「英語の短文を5つ暗記すること」
「友達の名前をひとり忘れること」
 

こう考えると、人間にとって難しいのは、覚えることではなく忘れることだと気づく
 

英語の短文5つを200にしても同じ
 

時間はかかるけど、いつか必ず覚えられる日がやってくる
 

ところが、覚えてしまった名前を意識的に忘れることは、たとえそれが一人であっても、ほとんど不可能に近い
 

試しに、親の名前を忘れようとしてみても「あっ忘れた」なんて出来ないのがわかるはず
 

本当に難しいことは、覚えることではなく、忘れたいのに忘れられないということ
 

そう考えると、勉強で覚えなきゃいけないことが、少し簡単に思えてくる
 

実際に人は、覚えるのが得意な生き物
 

そうは言っても、何回見てもなかなか覚えられないものもある
 

でも逆に、一度見ただけで覚えてしまうものもあるはず
 

自分の好きなアーティストの新曲のタイトルとか
 

ここで考えてみると、なぜ覚えるのが簡単なものと難しいものがあるのか?
 

どういうものは簡単に覚えることができて、どういうものは覚えるのが難しいか
 

※勉強によって手に入るもの
 

興味を持つ


それは「興味」の違い
 

ある事柄に対する「興味」と「記憶」は、密接に関係している
 

人は興味を持っている事柄に対しては、記憶力がよく働く
 

それは、今までに経験してきたあらゆることと結びつけて、自分のものにしようとするから
 

そう考えると、勉強をするときに「その教科に興味を持つ」というのは、非常に重要なこと
 

多くの学生は、興味がない教科をあまり勉強しない
 

でもそれは何の解決策にもなっていない
 

大切なのは、勉強でも何でも、自分のまわりにあるできる限り多くのものに興味をむけられるようになること
 

そうすれば、どんな教科であっても、また人生のあらゆる場面で、自分が持っている能力が開花され、発揮されていく
 

じゃあ、どうすればあらゆることに対して興味を持つことができるのか
 

人と関わり生きている


それは、「人に興味を持つ」
 

※失敗する人と、成功する人の違い
 

教科にしても何にしても「もの」ではなく、それに関わる「人」に興味をもつこと
 

例えば、どうしても数学に興味が持てないとしたとする
 

数学自体に興味を持つことは出来なくても、それに関わる人に興味を持つことはできる
 

たとえば、友達の中に数学が大好きな人がいたら、その子に興味を持ってみる
 

「どうして、あの子は数学が好きなんだろう」といった具合に
 

それが自分の好きなアイドルだったりしたら、なお良し
 

とにかく、その人の気持ちを理解しようとする


「数学」は自分の好きな人を磨いている材料だと思うことができれば、少しは嫌いじゃなくなるかもしれない
 

その人を知ろうとすればするほど、興味は尽きないはず
 

そしてその人たちに興味を持っていることがわかれば、きっと「数学」という教科に興味を持つことができるヒントを与えてくれるはず
 

このように、あらゆる場面で人に対する興味を持っていくというのは、生きてく上で本当に大切なこと
 

なぜなら人は人と関わらなければ生きていけない存在だから
 

何も勉強に限った話でもなく、一人でも多くの人に興味を持って生きることは、自らの人生を素晴らしくすることにつながる
 

自分が興味のないことを、勉強や挑戦の対象から外すのではなく
 

せっかくの機会だから、あらゆることに興味を持つ能力を鍛えるつもりで、人に興味を持つようにしてみてほしい
 

そうすれば、目の前にある全ての教科や物事が、人生を豊かにするきっかけを与えてくれるということに気がつくはず
 

この先、一花がどんな自分の人生を描くのか、興味ありすぎているパパより
 

一花は誰かの役に立っている実感はありますか?
 

ということで今回は「人の役に立つ人になる」というテーマで話します
 

人の為に勉強する


よく学生の間は勉強が本業だと言われる
 

ではなぜ、何の為に勉強しなければいけないのか?
 

勉強をする理由は大きく二つある
 

ひとつめは、「自分を磨くため」
ふたつめは、「人の役に立つため」

※自分が生きる意味を見つける方法
 

そう、「勉強」というのは自分を磨いて、それによって人の役に立つためにするもの
 

また勉強は駅伝にも例えられる
 

「勉強する」という言葉の意味を考えると、今学んでいることは、かつてこの世に生きた人間が人生を通じて見つけ出してきた英知の集大成
 

そして日本という国では、やる気さえあれば、いつでも、誰でも、好きなだけ、先人の知恵や知識を身につけてもいいという状態
 

実はまだ世界には、そういう状態にない国が沢山ある
 

そしてそういった国が何よりも目指そうとしている、とても素晴らしいシステム
 

これを自分のたちの時代で終わりにするわけにはいけない
 

受け継いだ知恵も、自分が勉強して学んだことも、とにかく何もかもを受け取って、そこに自分が生み出した何かを加え、次の世代につなぐ
 

そうしてはじめて「勉強した」といえる
 

これは理想論に聞こえるかもしれないけど、実際に「勉強」を人のために役立てるという具体的目標がない人は、成功することはできない
 

自分のお金欲しさに勉強したり、アルバイトしたり、働こうとしたり、すべては自分の幸せのためだけに努力する人が多くいる
 

そういう人は、残念ながら学歴に関係なく、大きな夢を実現する、素晴らしい人生はおくれない
 

夢が変わる時期がある


小さい子供は、夢を語ります
 

子供の頃に見る夢はとても素敵で無邪気
 

ちょっと興味があるものから、かっこいいと思うものまで
 

ところがほとんどの場合、それは自分の欲求を満たすための夢
 

自分がかっこいいと思われたいから
自分がそれをやるのが好きだから
自分がお金持ちになりたいから
自分が楽をして成功したいから
 

どこまで行っても自分中心
 

しかしながら、そういう夢が実現されたことは過去にそう多くはない
 

だから夢を抱く子供たちも、その夢をどこかで捨てなければならない日がやってくる
 

一方で、大学を卒業して社会に出た大人になってから抱く夢は自分が中心ではない
 

中学生から大学時代ぐらいにかけて夢や目標を持てず、自分の人生にどんな価値があるのかを知らずに過ごしてきた若い人たちが
 

「自分もこんなことで人の役に立つことができる」
 

という一つの生きる意味を見つけるところから始まる夢
 

もっともっと、自分が人のため、世の中のためにできることがあるんじゃないかと考えていく
 

そう、大人になって掲げる夢とは、この世に生きる一員として、他の人たちに対して、もっとたくさんのことができるのではないかと考えること
 

そして、それが正しい夢の定義であり、実現する夢だといえる
 

多くの人が経験する、学生時代に夢を持てなくなる空白の期間は、実現する夢とはどういうものかを学ぶ期間

 

勉強しなくて困るのは、自分の大切な人


では、なぜそういう期間ができてしまうのか?
 

それは、多くの子供が自分の幸せのために生きるように教えこまれるから
 

親をはじめとする社会全体が、子供の幸せを願うあまりに
 

「自分の将来の為に勉強しなさい」
「自分の将来の為にいい大学に入りなさい」
「自分のために○○を今のうちからやっておきなさい」


と教えてしまっている
 

自分の子供の幸せを願うのは悪いことではない
 

でも子供が幸せを手に入れる方法は「自分のために頑張ること」ではなく、「人のために生きること」
 

小さい頃から持ち続けていた夢を実現した人は、きっと子供頃から「将来○○になって、多くの人に幸せになってほしい」という、人の役に立とうという夢を持っていたはず
 

人間は人のためにこそ、より強い意志をもって行動できるようにできている
 

これが人間の素晴らしく美しいところ
 

人間は一人では生きていくことが出来ない
 

それぞれの人がいろいろな人つながって、物々交換を繰り返しながら、お互いに助け合って生きている
 

そしてこれからも、いろいろな人とつながって生きていく
 

今後幸せな人生を送りたいと願うなら、そのぶん自分をピカピカに磨いて、自分の存在する理由をたくさんつくって、多くの人と関わりながら生きていかなければいけない
 

そして関わってくれた人たちには、自分が勉強したり、経験したり、練習したりして、自分を磨きつづけたからこそ、この恩恵を手渡すことができる
 

つまり、自分が勉強しなければ困るのは、自分を磨かなくて困るのは、自分ではなく、将来自分と関わりをもって共に生きる人
 

例えば、栄養や食事に興味があるのなら
 

環境にもやさしく、栄養価の高い食品の開発ができたり
 

簡単な組み合わせで、安くて美味しいレシピを広めたりするとができれば、多くの人を幸せにすることができる
 

その人たちのために自分を磨いておくことは、とても大きな意味がある
 

たとえば、たくさん本を読んだり、考えたりすることで、今まで以上に「人の気持ちがわかる人」になれたとする
 

今以上に「素直な心を持つ人」になれたとする
今以上に「意志の強い人」になれたとする
 

そうすると、きっと関わりをもった人たちは、出会えてよかったと今以上に思ってくれるはず
 

このことを心から納得し、人の為に自分を磨いていこうと心底思えたとき、今まで経験したことのないような力を発揮することができる
 

だから
 

何のために勉強しないといけないの?
何のために自分を磨かないといけないの?

※勉強によって手に入るもの
 

この質問の回答は
 

世の中の人のため、自分と関わる人が幸せになるため
 

今日の自分の頑張りが、将来出会う多くの人たちの人生を幸せに変えることができる
 

そのために頑張るんだ!
 

一花には、どんな生き方をしてもいい。でも「人の役に立つ人になってほしい」と思っているパパより
 

一花は自分の目標にたいして、何をしようとしていますか?
 

というわけで今回は「10倍の差!何をやるかより、どうやるか!」というテーマで話します
 

どうやるかを考える


人間は目標を持つと、次に考えようとすることがある
 

それは、「その目標を達成するためには何をすればいいのか」
 

たとえば「○○大学に合格する」という目標を掲げたとする
 

そうすると次は、
 

「英単語を毎日やる」「過去問を一日一問を解く」「Youtubeで人気講師の授業を見る」といった具合に、何をするかを決めるはず
 

目標に対して、次に何をするかを決めるのは正しいこと
 

それがなければ、実際にその目標に近づいていくとこはできない
 

ただ、一つ覚えておかなければならないことがある
 

それは、「何をやるか」よりも「どうやるか」
 

例えば、ある野球少年が、今より少しでも上手になりたいと考えて、毎日素振りを百回するとする
 

この少年が上達するかどうかは、その回数ではなく、「それをどうやるか」にかかっている
 

何も考えずに百回振ってもあまり意味はなく、一回ごとに投手が投げるボールを打ち返すイメージをしっかり頭に思い浮かべながら振れば、一回の素振りでも大きな意味を持つ
 

実は勉強もまったく同じ
 

やるべきことを決めて、それを続けていくと、いつの間にかそれをこなすこと自体が自分のやるべきことだとう錯覚に陥る
 

英単語をやって、数学の問題を説いて、そのあと日本史をやってというように…。
 

毎日の勉強の中で、「今日は数学の問題を3問解こう」などと自分で決めてやっているかもしれないけど、同時にそれをどうやってやるのかを考えてみてほしい
 

やり方を真剣に考えて取り組むことで、何をやっても実力を伸ばすことができる
 

自分が一番成長する時を知っておく


そして、実際に自分の実力を伸ばすことができるのは、自分ひとりでやっている時だけ
 

勉強は、学校や塾で誰かに教わらなければ不安になるかもしれないけど、実際に自分を磨けるのは、家に一人でいる時だけ
 

もちろんやる気を引き出したり、確認したりするためには、学校も塾も大事
 

でも、絶対に忘れてはいけないのは、自分が伸びる場所は、自分が一人で勉強する自分の部屋でしかないということ
 

ピアノなどを習っていた人にはよくわかるはず
 

週に一度、ピアノの先生に習うと、課題や次回までにやるべきことを指摘される
 

そして次のレッスンまでに、自分の家でそれを練習してマスターする
 

その繰り返し
 

ここで考えてみて
 

実際にピアノが上達しているのはどこか?
 

決して先生のレッスンを受けているときではない
 

有名な講師や、先生の授業を受ければ、勉強ができるようになると勘違いしている人がいる
 

でも本当にできるようになるのは、あくまでも「自分で練習を繰り返したとき」だけ
 

もちろん、素晴らしい講義、有名な先生に教わるメリットがないとは言えない
 

でも、それが結果に結びつくのは、何度も家で反復練習した人だけ
 

もう少しピアノを例にして説明します
 

今まで弾いたことのない曲が、次の発表会の課題曲として、先生から与えられるとする
 

そうすると多くの場合は「途中でつかえないで、最後まで弾けるようになること」を目標にする
 

そして練習を始め、最初は何回もつかえてしまうけど、何度も繰り返して練習して、最後まで弾けるようになる
 

この時に「弾けるようになった」という喜びと同時に「もう少し上手に弾きたい」という感情がわくはず
 

何もできないときは、「とりあえずできるようになる」ということを目標にするけど、とりあえずできるようになると、それだけでは物足りなく、意味がないことに気づく
 

まさに、本当の練習はここからはじまる
 

これまでは練習というよりは、その準備でしかないということ
 

とりあえず弾ける状態になるまで自分で頑張らなければ、どんなにすばらしい先生に教えてもらっても意味がないということがわかる
 

※やらなきゃいけない最低限を超えろ
 

勉強もまったく同じ
 

本当に勉強として意味があるのは「問題が解けるようになった」「英文が何を言っているか理解できるようになった」そのあとに、その問題をどう使うか
 

たとえば、数学の問題を一つの方法で解けるようになったあとに、別の方法で考えたり、同じ考え方を他の問題に応用したらどうなるかと考えるのが、本当の意味での数学の勉強だといえる
 

英語だって英文を理解できたら、それを自分の意見として誰かに話しているつもりで感情をこめて相手に伝えるつもりで読む
 

英語は「勉強」としての道具である前に「言葉」として使って、本当の意味がある
 

多くの学生は、そこまでやったほうがいいことはわかっている
 

だけど実際にはやらない
 

でも本当に力がつくのは、この時だというのは、ピアノの場合と変わらない
 

大切なのは「何をやるかだけでなく、それを使ってどのように自分を磨くかまでを考える」ということ
 

心のゆとりを持つ、唯一の方法


そしてもう一つだけ
 

ピアノ発表会にしても、ダンスの発表会にしても、人前でスピーチをする時は、おそらく相当緊張するはず
 

緊張でどうしようもなく、逃げ出したくなる時はどんな時かを考えると、きっと「あまりしっかり練習していなくて、自信がないとき」だと思う
 

逆に、緊張は避けられないとしても、自分の順番が楽しみな時は、「これ以上ないほど、しっかり練習したとき」
 

緊張した状態で頼りになるのは、自分がどれだけ練習してきたかということだけ
 

絶対の自信というのは、反復練習によって生まれてくる
 

頭が真っ白になっても身体が勝手に動く状態まで繰り返し繰り返し練習してこそ、何とも言えない安心感、つまり「心のゆとり」を持つことができる
 

勉強の成果を披露する「受験」や「テスト」という場所も、相当緊張する
 

その緊張を前に「心のゆとり」を持つためには、誰よりも周到な準備とあくなき反復練習であることを忘れないでいてほしい
 

「心のゆとり」とはやるべきことが少なく時間的に余裕があることではなく、やるべきことを納得するまでやり、精神的にすっきりしている状態のことを言う
 

今よりよりよい人生を望みつづける限り、自分のやるべきことは自分で増やしつづけていくことになる
 

そんな中でも「心のゆとり」を持って生きていくことはできる
 

事実、ゆとりを持って生きている人の多くが「超多忙の人」で、反対に「そうでもない人」に限って、不安を抱えながら生きている
 

だから遠慮はいらない、楽しみながら超多忙の毎日を送ろう
 

※自分が生きる意味を見つける方法
 

いつもこのブログが一花の為に、多くの同じ悩みを持つ人の為になるよう、納得いくまで書き続けている「心のゆとり」を持ったパパより
 

一花には不可能を可能にする力を持っていますか?
 

ということで今回は「不可能を可能にする力」というテーマで話します
 

「意志力」


不可能を可能にする力というのは、いつくかの力の組み合わせで出来ている
 

その一つは「意志力」
 

当たり前の答えでやや拍子抜けかもしれないけど、例えば自分が自転車で日本一周することを考えてみて
 

日本一周するために絶対に必要なものは何?
 

体力やお金や食料の前に、絶対にやるという「意志」が必要
 

逆にこれがないと、どんなにお金や食料があっても、最後までやり抜くことは出来ない
 

絶対にやり抜く意志さえあれば、途中でいろいろな人が助けてくれて、最終地点まで導いてくれるということもあったりする
 

また、体力もお金も食料もあまり持っていない人でも、達成することができる
 

つまり、困難を可能にするのは「意志」の力
 

そして「意志」の力を強く持ち続けるために、上手に勉強を利用してトレーニングする
 

テストや受験勉強で、目標にむかって努力を続ける過程で、「意志」をはじめとする様々な精神面を磨き、成長することができる
 

その状態は、勉強を上手く使いこなしていると言える
 

世の中はよく考えてみると、ほとんどすべてのことは、なくても生きていけるものばかり
 

そもそも人生が、やらなくては生きていけないことだけをやるために存在しているとしたら、これほど退屈なことはない
 

だから周りから「そんなことやって意味があるのか」などと言われようと、一度決めたら、それを手にするまでやめない「意志」の強さを手に入れて欲しい
 

ただ説明しておくと、意志が強い人と弱い人がいるわけではない
 

自分で「意志」の力を使おうとしているか
 

ただそれだけ
 

意志の力を使うためには、自分がやろうとしていることが、「どうしてもやりたい」と思えるものでなければいけない
 

※夢をあきらめない方法
 

「想像力」


ということで、不可能を可能に変える二つ目の力は、「想像力」
 

意志力を最大限に発揮するために、「やらなければいけない」と感じていることを「どうしてもやりたい」に変える力
 

人間の「想像力」は、そのまま「創造力」につながる
 

ある一つのことを強く、具体的に想像すればするほど、確実にそれが創造されていく
 

話が少しそれるけど、人間の時間の使い方は、大きく分けて二つ
 

「自分がやりたいことを」をやっている時間と、「自分がやるべきこと」をやっている時間
 

人は無意識のうちに、自分の行動を「やりたいこと」と「やるべきこと」に振り分けて動いている
 

何かを始めるときに「はあっ」とため息がでるものは「やるべきこと」
 

人は「やりたい」と思っていることに対しては「快、楽、喜び」を
 

「やるべき」と思っていることに対しては「不快、退屈、苦痛」を感じてしまう
 

やりたいと思って始めた野球やピアノなどの習い事が、やるべきに変わったとたん、苦痛になってしまったりすることを考えると、よくわかるはず
 

ここで「やるべきこと」とは何かをしっかり考えてみよう
 

「やるべきこと」というのは、決して「やらなければいけないこと」ではない
 

ここを混同している人が多いから、「不快、退屈、苦痛」を感じてしまう
 

「やるべきこと」というのは、本当は「将来の自分が、今の自分にやっておいてほしいこと」
 

つまり、一日という時間を、「今の自分の欲求を満たすため」か、「将来の自分の欲求を満たすため」に使っている
 

ということは、どちらにしても自分のやりたいことをやっている時間だということ
 

将来の自分が「こんな仕事に就いていたいな」と思うような毎日を実現するために、今勉強をしているはず
 

ここで「想像力」が必要になる
 

試しに想像してみよう
 

レモンを二つに切ってしぼり、そのしぼり汁を飲むところを
 

想像するだけで身体は反応して、口の中に唾液があふれてきたはず
 

つまり実際に起こったかのような反応をしたということ
 

リアルな想像力は、実際に身体に反応させる力があるということ
 

「想像力」=「創造力」になる
 

数年後の自分の理想の一日を思い描いてみて
 

どういう大学に通って、どんな人と出会って、どんな毎日を送っているか
 

どんなところに住んで、どんな服を着て、どんな仕事をしているか
 

考えれば、考えるほど嬉しくなってくると思う
 

もし将来の夢が決まっているのなら、もっと先まで想像して、自分の望んでいる生活が全部手に入るところまで、具体的に想像する
 

とてもワクワクしてくるはず
 

そしてそこまで強く想像したあとに、こう自問してみて
 

「じゃあ、今という時間を、自分が想像した理想的な将来を手に入れるための勉強に費やすのと、テレビを見るために使うのとでは、どちらがいい?」と
 

どう?「やるべきことが」が「やりたいことに」変わらない?
 

はじめは難しくても、日頃からこの自問を続けていけば、そのうちできるようになるから、焦らず続けてほしい
 

※将来のやりたいことは、お金が稼げるものから選ばない
 

「行動力」


そして不可能を可能にする三つ目の力は、「行動力」
 

多くの人が勘違いしていることは、「想像しただけで実現する」と思っていること
 

さっきのレモンの例でもわかるように、想像力で手に入るものは、手に入れたらどんな感じになるという疑似体験でしかない
 

レモンを食べることを想像しても、身体にビタミンCが増えるわけではない
 

想像力で手に入れることができるのは、設計図と完成予想図
 

それに従って実際に行動を起こさないと、残念ながら完成を手に入れることは出来ない
 

実際に行動してみてはじめて、想像したことが創造されることになる
 

そしてその「行動力」に少し補足として「覚悟」というのも必要になる
 

例えば、書店に行けば1億円を手に入れる方法等が書いている本が沢山あり、しかも1,000〜2,000円ほどの価格で販売している
 

そこに書かれている方法は、まぎれもなく本当に一億円を手に入れることが出来る方法が書いてある
 

なぜなら、その著者は実際にそのやり方で夢を実現しているのだから
 

要は、そこに書かれていることを全て、その著者と同じようにやりさえすれいいはず
 

しかし実際の多くの人は、そうはしない
 

それは行動する「覚悟」が足りないから
 

世の中には成功するための、設計図や完成予想図は沢山ある
 

しかしそこにたどり着けている人はわずかしかいない
 

このことが意味することは
 

「成功するために必要なことは、方法ではなく行動である」ということ
 

成功を手に入れるために必要なことは、ほんの少しのお金と、たくさんの行動だということ
 

※夢を叶える「行動」
 

どうだったかな?
 

「意志力」・「想像力」・「行動力」
 

不可能を可能に変える3つの力を理解できたら、自分を変える時がきたと思う
 

自分の将来を変える時がきたと思う
 

さあ、ここからは大いに自分を磨き楽しんでください
 

このブログをいつか一花の羅針盤になるという意志で、いつか一花に読まれることを想像して、ワクワクしながら行動している(書いている)パパより
 

一花は自分の生きている意味を自覚ているかな?
 

ということで今回は「自分の生きる意味の見つけ方」というテーマで話します
 

何にでも成れる


まずこの画像を見てほしい
 

何が見える?


そう。ただただ何の変哲もない石
 

ではこの石を見ながら、考えてほしいことがある
 

「この石がこの世に存在する意味はある?」
 

この質問に答えをだすのは本当に難しい
 

そこで、もう一枚の画像を見てみて


実はこの画像と、さっきの画像の石が同じ石だといったら驚くかな?
 

石の存在する意味を見つけるのは難しいかもしれない
 

でもそれを時間をかけて綺麗に削ったり、丁寧に磨いたりして、一つの形にすることで意味や価値が生まれる
 

その価値は、お金に変えることもでき、そのお金で自分が欲しいものを手に入れることだって出来る
 

もちろんその石を、どんな形にしても構わない
 

器として役立てることも出来るし、仏像を彫って人から拝まれるような使い方をしてもいい
 

またこれを粉々にすり潰して、コンクリートを作ってビルを建てることだってできる
 

ただ単にそこに存在していただけの石も、使い方や削り方によって、多くの意味を持つようになる


※思いどおりの人生をおくるには
 

自分の存在する理由は一つではない


「自分は何のために存在するのだろう?」
 

若い人は、この難しい問いについてよく悩む
 

それは自分の人生に意味を見いだすことが難しいから
 

自分を磨いて、何かの役にたつ形をつくるまでは、山に落ちている一個の石と同じように、自分の存在する意味を見つけるのは非常に難しい
 

自らを磨いて、何かの役に立てたときにはじめて、人生に意味が生まれたと自覚できる
 

はじめから意味がわかっていて、それに向かって生きていくのではない
 

自分の人生に意味があることを自覚したければ、自分を磨いて、形を変えて意味を持たせるしかない
 

今勉強をしている学生は、まだ何の役にも立っていない一個の石を削ったり、磨いたり、形を変えたりして、何かの意味を自分に与えようとしている
 

そうしていると、削っている途中で迷いが生じる
 

「自分という材料は、本当にこの削り方でいいのか?」と
 

ほかならぬ自分という石だから、素晴らしいものをつくりたいと思うのが当然
 

ところがすごいものを作ろうとすればするほど、つくるのが難しいので、途中でへこたれてしまう
 

そして、考えはじめる
 

「自分がつくりたいものは、本当にこれでいいのか?」と
 

そして途中でやめてしまう
 

その結果、何の役にたてるかを決められない状態に戻って、また迷う
 

「自分は何のために生まれてきたのだろう?」と
 

ある一つのものをつくろうとすると、途中で必ず思ってしまう
 

「本当にこんなものをつくって、意味があるのかな?」と
 

確かに、「一つしかない自分という石をどう削るか」と考えると、できるだけ良いものにしたい
 

だからこそ何をつくるか、慎重になってしまう
 

それが、はじめの一歩をなかなか踏み出せない理由
 

将来やりたいことが決まっていないから、勉強という行動を始める気になれないという学生も、少なからずこの心理が奥底にある
 

でも、自分達はその辺に落ちている石ではない
 

だから、自分を石だと思うのではなく、自分には磨くべき石が次から次へと望んだ分だけ与えられるものだと思ったほうがいい
 

そして自分は、それを磨いたり、彫ったり、削ったりして、自分の好きなものをつくっていく人
 

近くの河原に行けば好きなだけ石を拾ってこられるように、自分が望めば、削るべき石がどんどん与えられる
 

一人の人間の役割が一つでないことからも、それは明らか
 

自分の存在理由は、いくつでもつくることができる
 

持っている石(可能性)を磨く


大切なことは、どんなに小さな役割でもいいから、磨きはじめたらちゃんとそれを完成させること
 

何でもいいから一つ、「自分は○○の役に立っている」と心から思えるものをつくること
 

そうやって一つ完成したら、また別のものをつくる気持ちが湧いてくる
 

そうしてどんどん自分の人生に意味を与えていく
 

迷う必要もなく、一度つくると決めたら、それでよかったかどうかも問題ではない
 

まずは完成させてしまうことが大切
 

そして、一つの意味を手に入れたあとで、また別の何かを手に入れていけばいい
 

繰り返しになるかもしれないけど、
 

自分が生きる意味は、自分でつくっていけるもの
 

生まれながらに与えられている生きる意味を探そうと思っても、答えは見つからない
 

ましてや待っていて自然に見つかるようなものでもない
 

人間は一人ひとりがかけがえなのない尊い存在だと言われている


※自尊心と他尊心という考え
 

その意味するところは、
 

自分を磨くことによって、どんなに大きな意味をも自分の人生に与えることが出来るという、希望のかたまりであるということ
 

たった一つでもいいし、どんなに小さなことでもいい
 

自分が生きる意味を手に入れることが出来れば、人生は今まで以上に光り輝くものに見えてくるはず
 

自分の生きる意味を知るために、自分の生きる意味を手に入れるために
 

「自分を徹底的に磨く」
 

これを忘れないで
 

小さい頃から一花には、何かひとつでいいから人に誇れるものを持ってほしくて、いつも変な習い事の提案をするパパより
 

一花は勉強して、何を手に入れていますか?
 

ということで今回は「勉強によって手に入るもの」というテーマで話します
 

勉強で人の気持ちがわかる

いきなりだけど質問します
 

Q.電気は何のためにあるでしょうか?
 

「明かりがつくから、夜でも昼間と同じような生活ができる」と答える人もいるし、「電気があれば冷蔵庫が使えるので、食品を腐らせずに保存することができる」という人もいる
 

ほかにも、エアコンやドライヤー、テレビや電子レンジだって使える
 

電気があることによって、手にする恩恵はきりがないほどある
 

だからといって
 

「電気はドライヤーを使う為に存在する」と思う人はいない
 

髪の毛が短い人が「俺は丸坊主だからドライヤーを使わないので、電気なんていらない」ということにはならない
 

では、「電気」の存在理由を定義することはできないのかというと、そんなことはない
 

電気があることによって利用できるこれらすべてのものは、広い意味である共通した一つの目的のためにつくられていることに気づく
 

それは、人間の生活を便利にするためにつくられている
 

だから、生活を便利にするために使っているうちは正しい使い方だけど、自分や他人の生活を不便にするような使い方は間違っている
 

では話を戻して、勉強によって手に入るものを考えてみよう
 

当たり前だけどまず「知識」「知恵」が手に入る
 

そしてよく言われるのは、「忍耐力」を鍛えることができる
 

どんなに勉強が楽しいという人でも、続けていくうちに壁にぶち当たる
 

そしてそれを越えるのはとても忍耐のいる作業
 

越えても越えても壁はやってくる
 

そして越えれば越えるほど、また次の壁を越えるための忍耐が必要になる
 

※逃げない強さ
 

また、「自信」を手に入れることもできる
 

何度も壁を乗り越えることで、小さな成功を沢山経験することができる
 

これも勉強によって手に入るもののうちの一つといえる
 

場合によっては、大きな成功体験を手にすることもある
 

たとえば受験に「合格」するといったような成功体験を積み重ねることによって、人生を自分らしく生きていく上で必要な「自分に対する自信」を手に入れることができる
 

ほかにも沢山のものが手に入る
 

記憶力、判断力、応用力などが鍛えられ、ひいては「脳を活性化」することができる
 

「脳」を鍛えるのは、何よりよりよい人生を送る上で不可欠なこと
 

また、人からものを習うことによって、「素直な心」を学ぶことだって出来る
 

人から何かを学んで成長する一番の方法は、自分の持っているこだわりを一度全部捨てて、相手の持っているものをそのまま受け入れてみようとすることだから
 

そして忘れてはいけないのは「勉強」によって、いろいろな人の気持ちがわかるようになるということ
 

※人を動かし活かす人
 

例えば、こんな経験はない?
 

学校で英単語のテストがあり、「今回はまじめやってみよう」と思い、時間をかけ、努力して覚えたとする
 

その結果、良い点をとる
 

それを見たクラスメイトがこんなことを言う
 

「いいなあ、暗記が得意で。私は暗記が苦手だから全然覚えられないよ」と
 

そう言われると心の中でこう思うはず
 

「暗記が得意だからじゃなくて、時間を使って頑張ったから点がよかっただけだよ」って
 

こういう経験をすると、いつも努力していい結果をだしていながら「あの子は頭がいいからな」としか思われない人の気持ちがわかったりする
 

勉強が苦手という暗示


少し話がそれるかもしれないけど
 

「勉強が苦手だ」と思っている人の多くが、ある暗示にかかっている
 

それは「自分は生まれつき頭が悪い」という思い込み
 

しかも不幸なことに、それを親に相談すると、親までもが認めてしまったりする
 

「お母さんも暗記が苦手だったから、しょうがないわね」とか「○○ちゃんのお父さんは昔から頭がよかったから、あの子が頭いいのは遺伝ね」といった具合に…。
 

これを言われてしまうと、その子はそれ以上成長できなくなる
 

でも断言できる。生まれながらの頭のできに、良いも悪いもない
 

確かにクラスの中には、とても勉強ができてうらやましい人がいる
 

テストの前日に3時間もかけて必死に勉強して覚えた内容を、たった30分ほどさっと見ただけで、ほとんど頭にいれてしまう人がいるのは事実
 

そういう現実を見ると、頭のできの違いを呪いたくなるのもわかる
 

でもそれは記憶力の違いで、頭のできの違いではない
 

例えば、ピアノを習ったことがある人と、一度も習ったことがない人がいる
 

そしてとても素敵な曲に同時に出会い、この曲を上手に弾きたいと同時に考えたとします
 

そしてその二人が、今日から同時にその曲を練習したとする
 

どちらが先に弾けるようになるかわかるよね?
 

一度も習ったことのない人が、勝つ見込みはある?
 

そう、結果は目に見えている
 

なぜなら、これまでに経験してきた量が全然違うから
 

もしそのとき、負けた人がこう言うとどう思う?
 

「君はいいよね、才能があるから」と
 

そうするときっとこう思うはず
 

「それは何年もピアノを習ってきたから」と
 

でも、勉強ができる人は、よくそう言われる
 

そして周りもそれが間違っていないと思っている
 

努力をして結果を残したことがある人にしかわからない苦しみがある
 

「勉強」をして、そういった壁を乗り越えることによって、何もせずに人のやったことを批評する側ではなく、そういう人の気持ちをわかってあげられる側になることができる
 

※「自尊心」と「他尊信」という考え
 

ほかにもあげれば沢山あるけど、とにかく「勉強」することで手に入れられることは、数限りなくあるということ
 

ここで大事なことは、はじめからこれら全てが必ず手に入ると決まっているわけではないということ
 

何も意識しないで勉強していて、いつのまにか人の気持ちがわかるようになっていた、なんて具合にはいかない
 

最初から「人の気持ちがわかる人間になるために勉強しよう」と考えて使い続けてこそ、望みのものを手にできる
 

つまり、勉強して手に入れようと考えるものが沢山あれば、沢山手に入るし、一つしか考えていない人はそれしか手に入らない
 

そしてもう一つ大事なことは、学校で習うことだけが勉強ではない
 

世の中のすべての人が、それぞれの生活の中で「勉強」する必要がある
 

だから「大学に行かないから勉強しなくていい」なんてことにはならないし、むしろ社会に出ると、もっと沢山の勉強を今まで以上にしっかりやらなければいけなくなる
 

これはまぎれもない事実
 

どうだったかな?
 

勉強の必要性はまた次の機会で深堀りしようと思うけど、勉強をして手に入るものに関してはだいぶ理解できたんじゃないかな
 

大人になっても勉強が大事なことを伝えたく、リビングでいつも勉強しているフリをしているパパより
 

一花は自分の人生において、何かの壁にぶつかったことがあるかな?
 

ということで今回は「夢をあきらめない方法」というテーマで話します
 

乗り越えられない壁はない

社会に出て「働く人」というのは、個人であれ、法人であれ、出来るだけ多くの報酬を得るように努力すべき
 

ただそれは、多くの人から必要とされるようになれば結果的に自然とそうなるからであり、多くの報酬を得ることを第一目的とするものではない
 

一人でも多くの人から必要とされることを、忘れずに行動する限り、結果として受け取る報酬は大きくなり続けることになる
 

だから多くの人から必要とされて、たくさんの報酬をもらえる人に成長していってほしい
 

そして大きな目標や夢を考えるときに、注意が必要なことがある
 

それは、自分の能力を過小評価してしまうこと
 

それは、自分のやりたいことが、一見、世の中の誰も実現できそうにないことであっても、絶対に、「これは無理だから…」と自分の中から切り捨てないこと
 

自分が大きな目標や夢を掲げるときに、それはどのくらいの人に必要とされるかを考えたことはある?
 

ほとんどは「多くの人」という言葉でその夢の規模をちょっと曖昧にしている
 

「多くの人」というのはどのくらいの人で考えているか?
 

100人?1万人?百万人?
 

もちろんできるだけ多いに越したことはないけれど、どのくらい多くの人から、どの程度必要とされようとしているのかによって、当然超えなければならない壁の大きさや数は変わってくる
 

そして、その壁が大きくてたまらないように感じると、自分には無理そうだ…と勝負を避けるように別の方法を探してしまう
 

でも、忘れてはいけない
 

どんな大きな壁であっても乗り越えられないものはない
 

※夢を叶える最短で最良のルートとは

夢を持つことは、覚悟を決めること


一見無理なように感じても、自分から切り捨てたり、途中であきらめたりしない限りは、必ず乗り越えられるもの
 

別の言い方をすると、乗り越えられる壁しか自分の前には現れてこない
 

「大きな夢を持ちなさい」とよく言われることがある
 

そして、言葉どおり自らの人生の中で何度か大きな夢を持とうとする
 

そして多くは失敗する
 

そのうち「大きな夢を持っている」と公言するのを恐れるようになる
 

失敗して他人から笑われることを恐れるから
 

自分でも成功する自信をなくすから、と理由は様々
 

でもそれは、大きな夢を持つ時に必要な覚悟が初めから欠如している
 

大きな夢を持つということは、大きな壁を乗り越えなければいけないことと同義
 

だから大きな夢を持つ人は、大きな壁を何度も何度も乗り越えなければいけない
 

だから夢を持つということは、それによって目の前に現れる壁を乗り越える覚悟を持つということ
 

※夢を叶える「行動」
 

夢には応援団がいる


例えば、300人を幸せにする仕事が自分の夢だったとする
 

そうすると現時点では0人
 

要は誰も幸せにすることが出来ないから、300人という目標はそのまま一つの壁になる
 

そして、色んな経験をして試行錯誤の後、ようやくその壁を乗り越えた時、どんな言葉で説明出来るか?
 

それは「300人が幸せになった瞬間」という言葉
 

これは当たり前だけど、とても重要
 

もしその壁を超えることが出来なかったのなら、その300人は「幸せになれなかった」から
 

そう考えると、この300人は応援団ということにもなる
 

決して聞こえることはないかもしれないけど、壁の向こうで鳴り物を鳴らして、声を合わせてエールを送り続けてくれているはず
 

描く夢が大きければ大きいほど、現れる壁は大きく、乗り越えるのが困難なものになるのも事実
 

でも、壁が高くなればなるほど、応援してくれる人が多くなることも事実
 

人は成功するために生まれてきている
 

自分らしい、自分にしか出来ない大きな夢を実現するために生きている
 

どんなに大きな、実現が難しそうな夢であっても、その目標に向けて努力し、前進を続ける限り、それは絶対たどり着ける場所
 

そのことに遠慮はいらない
 

何でも思いのままだから、自信と勇気をもって今すぐその夢に向かって行動してほしい
 

その勇気が持てない時は、描く夢が手に入ったときのことを想像してみて
 

そしてその成功によって、周りが、日本が、世界が変わるのを想像してみて
 

これは大げさではなく、まぎれもない事実
 

たとえば、自分の起こした会社が大企業に発展したとする
 

そうなると多くの人たちから、会社の製品を買ってもらえたり、使ってもらえたりすることになる
 

つまり成功するということは、自分から生み出された製品やサービスが、誰かのかけがえのないものになるということ
 

別の言い方をすると、夢が実現した世界では、世の中の多くの人に必要とされ、期待され、その人達の幸せな生活にとってなくてはならないものを生み出す貴重な存在として生きていることになる
 

まだ何も手に入れていない時は、行動を始めるときに勇気を持つのが難しいかもしれない
 

でも、たくさんの応援団がついているのを忘れないで
 

未来の応援団の人達は、成功することを心待ちにしている
 

今日一日の勇気ある前進によって、成功に一歩近づくことを心から喜んでくれているはず
 

※自分が向いていることを探さない
 

さあ一花は、何をして将来の多くの人たちを幸せにする?
 

一花の活躍で世界をどう変える?
 

一花の変えた世界で余生を過ごしたいと思っているパパより
 

一花は日々、夢や目標に向かって努力していますか?
 

ということで今回は人が夢や目標を持ったときに、それを実現する上で忘れてはいけない重要なこととして「夢を叶える最短で最良のルートとは」というテーマで話します
 

必要最低限ではなれない

人は夢や目標を持つと、目の前には必ず壁が現れる
 

その夢さえ持たなければ壁と感じることなく生きていられることが、いくつも自分の前に現れる
 

とりわけ大きな夢を描く人には大きな壁が現れる
 

人間は芽の前に壁があると、どうしてもその壁を乗り越えることだけに意識を集中してしまう
 

視野が狭くなり、どんな方法であれ乗り越えさえすればいいという気になる
 

これから説明していくけど、実は乗り越えることよりも、どうその壁を乗り越えようとしたかのほうがはるかに重要
 

自分が英語の勉強が好きだから、将来英語を使った仕事に就きたいと考えたとする
 

翻訳とか通訳とか、フライトアテンダント等
 

そして多くの人はこう考える
 

絶対そうなりたいから、英語だけは誰にも負けないくらい勉強しよう
 

じゃないと、夢が叶わないから
 

そして、そうすることが正しいと信じて、時間を惜しんで英語を勉強するようになる
 

ところが現実は、本当に英語を使った職業に就く可能性はそれほど高くない
 

つまり、それだけでは夢を実現することは難しいということ
 

どうしてか?
 

ヒントは実際にその仕事をしている人たちの中にある
 

例えば、英語を誰にも負けないくらいに勉強して、高校を卒業して、大学の英文科に進学し、そこでも一生懸命勉強する
 

いよいよ卒業が近づいてきて、英語を使った仕事を探して、通訳を一人採用したいと考えている企業の面接に行ったとする
 

そこに十人の志望者が集まっていたら、倍率は十倍ということになる
 

では、どうやってその企業は、採用の一人を決めるのか?
 

「英語力」だけか?
 

きっと違う
 

なぜなら、そこに集まっている十人はみんな優劣がつけられないほど英語ができる人だから
 

その企業の面接を受ける際、「英語力」は決め手ではなく、必要最低限でしかない
 

その条件を満たしていない人は面接を受ける資格がない
 

そういうものでしかない
 

高校、大学とその必要条件を満たすために他のものを捨てて、それだけ努力してきたとしたら、自分のなりたいものになるのは、実は困難になる
 

なぜなら、これまで頑張ってきたことは、必要条件を満たしただけであって、そうすれば必ずなることが出来るという十分条件ではない
 

※やならきゃいけない最低限を超えろ
 

「ヒントは実際にその仕事をしている人たちの中にある」
 

今現在、「英語力」を活かして仕事をしている人は、本当に「英語力」だけで仕事をしているのか?
 

必ずしもそうではない
 

きっと「英語力」だけなら、他にも上手い人は沢山いる
 

ところがその人達が仕事を続けていられるのは、「英語力」以外のその仕事の分野における豊富な専門知識があるから
 

このことはあらゆる職業に対しても同じことが言える
 

壁をどう乗り越えたか

例えば、管理栄養士になるのが夢だという人がいる
 

高校、大学とそれになる為の学校を選び進学してきた
 

そしてそこで勉強して、国家試験に合格すると管理栄養士の資格はとれるのかもしれない
 

だけど大切なのは「管理栄養士」になることではなく、「どんな管理栄養士」になるか
 

人間は目の前に壁があると、どうしてもその壁を乗り越えることだけに意識を集中してしまう
 

だけどそれを乗り越えることよりも、どう乗り越えようとしたかのほうがはるかに重要
 

視野が狭くなり、どんな方法であれ乗り越えさえすればいいいうような気になってはいけない
 

本当に管理栄養士という仕事に憧れを抱き、夢を持って生きてきたのなら、
 

どうやったらなれるのかという必要条件だけを満たそうとするのではなく
 

少しでも素晴らしい管理栄養士になれるよう、様々な経験をしたり、必要条件を満たす以上の勉強をしたりしないといけない
 

少なくとも、自分の食事の管理をされる側からするならば、そういう人にアドバイスをもらいたい
 

※正しい人生目標の立て方
 

目の前のことに全力を尽くす

実際にその仕事で自分の働く姿を想像して、どういう人にその職業に就いてもらいたいと思うのかを想像することが重要
 

ある一つの職業を将来の目標とする時、多くの人は何が最短ルートなのかと考えがち
 

そしてその最短ルートで向かっていくのが、最良の方法だと思っている
 

でもそれは、必ずしも最良のルールではない
 

わかりやすく言うと、
 

実際にその職業に就きやすいルートだったとしても、その道で成功するためのルートではない
 

世の中で活躍している、会計士、経営コンサルタントとして成功している人の多くは、
 

高校や大学時に商業科に進んだ人よりも、普通科の高校から大学に行き、その後、海外などで本格的に経営学などを勉強した人たちに圧倒的に多い
 

もし何かの職業に就きたいと考えているなら、きっとどれだけ勉強しなければいけないかは、何となくわかっているはず
 

その職業に就きたいという情熱と同じくらいの情熱をもって、今、目の前にあるものに全力を注いでほしい
 

それが数学の宿題であれ、日本史のテスト勉強であれ、ウクレレの練習であれ、
 

とにかく目の前に現れるものすべてに全力挑むこと
 

それらすべてが魅力になって、将来の夢を実現する手助けをしてくれるはず
 

間違っても自分の都合で判断せず、目の前にあるものは、将来絶対に必要だからこそやってきた神様の贈り物だと思って大切にすること
 

目の前に現れる壁は、自分にとって必要なさそうなものに見えても、自分が進もうとする人生にどうしても必要だから現れるもの
 

目標を持つから壁が現れ、壁は自分がよりよく生きていこうと考えるときに必ず現れる
 

だから「しっかりしたゴールを持ち、常にゴールを忘れず努力する」
 

このことが大事であることには変わりはないが、それ以上に大事なことは
 

「今、目の前にあるものに全力を注いで生きる」
 

このことは何よりも大切な成功法則といえる
 

つまりは、この生き方をするだけで、どこで何をしていても成功は約束されているということになる
 

今日、今この瞬間からでもこのことを実践して、素晴らしい人生にしていってほしい
 

いつも目の前のことを真剣に考えすぎて、一花に少し面倒くさがられているパパより