橋本治氏の平家物語を読んでます。

流人の源頼朝が、東国武士団の棟梁になっていく過程や御家人の領土獲得の

思惑など、歴史的事実に則りながら、描かれています。

おもしろいストーリに引き込まれます。
 

 

わたしは国家資格のファイナンシャルプランナーやDCプランナーは勉強していて楽しかったですし合格もしました。


宅建などの法律の資格の勉強はしましたが結局とれませんでした。大学受験も法学部は受かりませんでしたし、そもそも法律ご向いていないのかもしれません。

 

以前から取得すると言いながら、勉強が止まっている証券外務員の勉強をしています。

 

 

 
徳川家康は子どもの頃、駿河の今川館で人質まして過ごします。

近年の研究では、家康を庇護し、成人した後は今川の客将として育成する予定でした。
義元の嫡男を、氏真と言います。

家康より4歳年上の今川氏真は兄弟のように育ちます。
 
桶狭間の戦い以後、今川は衰退、没落します。

武田氏滅亡後、駿河を得た家康は半国を氏真に任せれる予定でしたが
信長の許可が降りませんでした。
 
今川氏真はそのまま家康の当時の拠点、浜松に残ります。
 
天下人になった秀吉は家康に関東への国替え命令します。家康は駿府から江戸に拠点を移します。氏真は僧侶となり京都で過ごしますが引き続き、家康
の庇護を受けます。
 
晩年は家康の庇護を受けて今川家は、高家として江戸時代を生き
ます。
 


徳川家康が幼少期、今川での人質時代。


ともにしたのが、平岩親吉でした。

年も同じで家康の幼馴染でした。


家康の嫡男岡崎三郎信康の守役でした。

武田との密通疑いにより、信康が自刃する際には傅役の立場から、罪を被ろうとしますが、家康に止められます。


武田家が滅ぶと、鳥居元忠とともに甲斐郡代に抜擢されます。


子がなかったため、家康8男仙千代を養子にします。

のちに、家康9男義直を藩祖として尾張徳川家が成立した際には親吉も清洲に移ります。