藤原定価の子孫 古今和歌集の注釈書が見つかりました。多数の写本が残る一方で原本は現存しないようです。
上巻は定家の子孫で、南北朝の冷泉家の当主ため秀の書写です。
定価が継ぎ足して丹念に自説を書き連ねました。
定価による細部の修正などが分かる原本ら国宝級の資料になります。
信濃豪族諏訪氏は神職にありました。
上原城にあり、大祝職でした。
政満は一族の大祝継満に殺害されますがその息子の頼満が総領職を奪還します。
諏訪氏一族の争いに乗じて隣国武田信虎・信玄に攻められ、降伏します。
頼重は甲斐に変更され、処刑されます。
頼重の娘は、諏訪御寮人と呼ばれて武田信玄の側室になります。
生れた男児が運命の子 武田勝頼でした。
20代目武田総領となり、武田を滅ぼす原因をつくってしまう、悲運の将と
なります。