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3年前の2017年に書いた記事です。
 
この頃は前任校舎の立て直しで頑張ってたなと思います。
 
この校舎にいる時に結婚して、子供が生まれました。
校舎の生徒数も過去最高数値を達成しました。
生徒も増えて、売り上げも上り、社長表彰もされました。
 
異動した今の校舎はなんの権限もありませんが、前任校舎では、『監督兼ゼネラルマネジャー』みたいな立場でしたので、自分の考えるように出来て成果も上がりました。上司からも業務を行うことにほぼ制約なく、自由にさせて頂きました。
 
ちなみに今はわたしの上に統轄責任者がいますが、校舎の業績は下がっています。
 

 
2015年1月3日の『江戸幕府と外様大名』の記事を最近よく読んで頂きましてありがとうございます。下記にURLをつけています。
 
参勤交代の話です。
 
参勤交代は江戸時代に始まったのではなくすでに織豊時代』に見られます。
 
江戸幕府創設者の徳川家康次男秀康を豊臣秀吉の養子(人質)に出しています。
 
江戸幕府3代将軍家光の時代に『大名』の定義は『1石以上』と規定されます。ちなみに大名は、『名田(みょうでん)』から来ています🍀
 
大名の江戸と国許との二重生活は藩の財政を圧迫します。また、一国一城令により、本城以外は取り壊しになります。
 
一方で参勤交代によってよいこともありました。
 
武士の移動により、水陸路は発達し、宿場町も繁栄していきます。水産技術術などは全国に伝播していきます。
 
【関連記事】
 
(2015年1月3日記事『江戸幕府と外様大名』)
 

https://ameblo.jp/12001921/entry-11972175899.html