つゆと落ち、つゆと消えにし、我が身かな
なにわのことも 夢のまた夢

豊臣秀吉辞世の句です。

豊臣秀吉ほど下剋上を体現した人はいないでしょう。日本史上稀有な存在です。

油売りから、身を起こした』斎藤道三や『素浪人から小田原北条の基礎を築いた』北条早雲も下剋上を体現した人物と言われてきましたが、近年の研究では両者ともに、ある程度の身分や家格を持っていたと言われます。

斎藤道三は父が油売から身を起こした為、裸一貫で立ち上がったわけではありません。

北条早雲も幕府の役人であり、銘を受けて妹が嫁いだ今川市の仲裁に入り、伊豆を手に入れました。余談ですが早雲は『伊勢新九郎』であり、自ら北条は名乗っていません。

豊臣秀吉ら氏素性がよくわかっていません。
織田信長に仕え、低い身分から、下剋上の波に乗り、天下を統一する存在になりました。

『恵比寿神社』行きました。




お金を投げて入れば、願いがかなうようです。


ちなみに、松下幸之助さんが来られているようです。


鎌倉幕府2代目 執権北条義時の妻は、源頼朝の前妻です。

伊豆に流された頼朝は、自らの監視人であった伊東祐親の娘と恋に落ち、子供が生まれます。


平家の威光を恐れた伊東祐親により、二人の仲は引き裂かれます。


【参考記事】


『頼朝の隠し子と総動』フムフム歴史。 | セイムドリーム

https://ameblo.jp/12001921/entry-11445355319.html


【この記事は2022年4月23日にアクセスがありました。】