五条烏丸近くです。
 
 
 
 
 
 
 
 山号を佛性山といい浄土宗の寺で、開祖は團譽(だんよ)上人玉翁(ぎょくおう)和尚です。
 
ここは嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)の河原院塩竃(しおがま)の屋敷のあったところで、現在もこの辺りを本塩竃町と言います。鎌倉幕府3代将軍 将軍源実朝(さねとも)の後室・坊門信子(ぼうもんのぶこ)が貞応元年(1222)に創建したもので寺名は信子の法名本覚をとりました。
 
その後、梅小路堀川に移転し、応仁の乱の荒廃のあと細川政元により高辻烏丸に再建せられ、末寺14を有する本山となった。天正19年(1591)豊臣秀吉の命によってさらに今の地に移っています