歴史の資料などで役職の図を見ますが、だんだんと増えて行ったとみるのが当然でしょう。
 
勘定奉行も本来は民事訴訟などを扱う公事方と 財政をとりしきる『勝手方』に分かれていました。
 
年が減るにつれて勘定方のちに勘定奉行に名称を変更します。

寺社町奉行も幕府が制定した禁中並びに禁中並びに公家諸法度を監督するために創設されました。

大阪所司代を経験してから、老中になるというのも、後になって出来たも推察出来ます