織田信長の4男秀勝と5男信房は順番が逆と言われています。
ちなみに、秀勝は子供のいなかった秀吉の養子にします。長浜城を任せます。
秀吉は本能寺の変で、亡くなった信長の棺桶を守る親族の一人に秀勝を抜擢しました。
実は次男信雄と3男信孝も同じ年に生まれ、信孝のほうが先にうまれてがた、次男信雄は正妻(実は違う)の信忠と同じ母でしたので、次男と3男を入れ替えたようです。
正妻の実家の権勢にもより、よくあった事例です。
現実に、信長も父の3男でしたが嫡男で後継者として指名されます。
骨肉の争いをしたのは同腹の弟であったため、自らの後継者は長男信忠と指名していました。