『法然院』京都散策日記 鎌倉時代の初め、専修念佛の空上人は、鹿ヶ谷の草庵で弟子の安楽・住蓮とともに、念佛三昧の別行を修し、経を唱えられました。 1206年(建永元)12月、後鳥羽上皇の熊野臨幸の留守中に、院の女房松虫・鈴虫が安楽・住蓮を慕って出家し上皇の逆鱗に触れるという事件が生じ、法然上人は讃岐国へ流罪、安楽・住蓮は死罪となり、その後草庵は久しく荒廃することになりました。 江戸時代初期の1680年、知恩院の和尚は、元祖法然上人ゆかりの地に念佛道場を建立することを発願し、弟子の忍澂和尚によって、現在の伽藍の基礎が築かれます。