鎌倉時代以降は、卜部氏(後の吉田家)が神職を相伝するようになりました。

室町時代末期の文明年間(1469年 - 1487年)には吉田兼倶吉田神道(唯一神道)を創始し、その拠点として文明16年(1484年)、境内に末社斎場所大元宮を建立しました。  

近世初めには吉田兼見が、かつて律令制時代の神祇官に祀られていた八神殿(明治5年に宮中に遷座した)を境内の斎場に移し、これを神祇官代とします。