徳川家康は二条城を再建しますが立ち寄った気配がありません。
では、京都上洛の際にどこにいたのか、、
それは、伏見でした。
家康は1590年の関東転封から1616年まで死去の9670日の4分1にあたる2587日を京都で過ごしました。
家康は関ヶ原の戦いに勝ちましたが、福島正則や加藤清正など大領土を得た豊臣恩顧の大名がいましたので、西日本の大名を監視、その動向を抑える意味合いもありました。
秀吉は伏見を武家の都として位置づけて、現に五大老を伏見に置き、伏見には武家政権がありました。秀吉も拠点の大阪、京都聚楽を行き来しました。
再建した二条城は貴族殿、儀礼的なときを除いてほぼ、この城には寄り付かなかったと言われています。