父は東海一の弓取りと呼ばれた、今川義元。

残念ながら、大名としては後世の人からも及第点は与えられず。蹴鞠と歌にうつつを抜かした、腑抜けの跡取り、それが今川氏真の評価です。

一方で領地を治める大名としてはそれなりに頑張っていました。父とは二頭統治体制で、今川家代々の本国駿河の統治は任されていました。この構図は隣国織田や北条でもよくありました。

ちなみに氏真が手掛けた今川用水は灌漑用水として今も現存します。

織田信長が楽市楽座をしますが、今川いえでは先立ってやっています。

氏真は、大阪の陣の前1614年に亡くなります。享年74歳。

下の和歌は、和歌に精通した氏真のものです。

悔しともうらやましとも思はねど
 我が家にかわる世の姿かな。