鎌倉幕府初代将軍源頼朝の妻北条家では、創設に功労のあった初代北条時政と2代目義時を神格し、『得宗』とします。
伊豆の豪族北条氏は、出身が馬の骨ともわからないがゆえ、身分は低く、源氏が3代で途絶えた後も当然将軍にはなれず、幕府を主導する立場を規定するために、としのが得宗でした。
5代執権時頼が、出家の際に『道宗』とします。義時に、法号『得宗』を贈り、自らも道宗として正当な継承者となります。
得宗家はその後時頼から、8代時宗、14代高時という流れになります。
【2022年12月25日にアクセスがありました。】