和田義盛は源頼朝と同じ年(1147年生まれ)です。
和田義盛は三浦一族で義村とは従兄弟になります。三浦氏とともに挙兵時から頼朝に協力します。
源範頼と戦い、木曽義仲追討、平氏討伐、奥州征伐に功績があり、鎌倉幕府初代侍所の長官(長官)になります。
評定衆の13人に選ばれます。
御家人同士の戦いが激化する中、比企氏との戦いにも北条氏に加担します。
頼朝の死後に梶原景時断崖事件が起きた際には連名します。
次官の梶原景時から、「一度侍所別当になりたい。」と言われ、一時的に譲ったが役職を返さなかったので恨みに思っていたと言われています。この説は信憑性が低いと見る向きもあります。
のちに一族が、謀反の疑いがをかけられ、後に和田合戦で滅びます。
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