井沢元彦氏は信長の国家観、天皇観について、触れられています。

信長が拠点にした『岐阜』は、中国の周王朝が都を置いた『岐山』に由来します。

井沢元彦先生が言われていましたが、『安土』は『平安浄土』に由来しているようです。

信長の居城安土の城の麓には天皇の住まいを作ろうとしていたようです。信長は安土城の天守閣から、見下ろして自分の優位性を持とうとしていたようです。

『関白』と『太政大臣』についても述べておられます。『関白』は天下のことを預り白す役目で、『太政大臣』は家臣であり、身分が違うとのことでした。

井沢元彦氏は幕末に徳川慶喜が薩長連合との戦いを避け、大阪城を脱出したことに触れられ、
「武士として戦わずに逃げたことは卑怯だが、大阪を火の海にしなかったことは評価できる。」

と書いています。