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江戸幕府創始者の徳川家康は歴史に学んだ人でした。
室町幕府は、諸大名の力によるところが大きく、後に将軍(12代義晴、13代義輝)が京都を追われ、滋賀や四国に亡命することが頻繁に置きます。
京都は攻めやすく、守りにくいというデメリットがあり、将軍は力のある大名の庇護を受けることが多く、同時に、地方の大名は将軍に力を貸すので増長させます。
大名同士の権力争いがやがて将軍家の後継者争いに絡んで応仁の乱の契機にもなります。
家康は歴史に学び、東北や九州には歴史と伝統を持つ有力大名に統治を任せ、大名の領地替えを行ない、土着しないように留意したのが、参勤交代の考え方でしょう。