『松平姓を断った島津。その1。~2018年12月2日』は何度かアクセス頂いています。
今回は記事の続編になります💠。
九州の豪族島津氏は秦の始皇帝の子孫を称しています。『惟宗(これとう)』氏は秦の子孫が日本に渡来して名乗ったと言われています。
一説には島津氏の初代忠は、源頼朝の庶長子とも言われています。頼朝が乳母の娘を妊娠させ、島津氏に授けたと言われています。武士階級にはよくあることでした。
そのおかげからか、鎌倉幕府成立後、島津氏は薩摩、大隅、日向を与えられます🍀
戦国時代には南九州だけでなく、九州全域を支配できるまでになりましたが、関白になった秀吉に降伏します。
関ヶ原の戦いでも、『島津の退き口』は、有名です。江戸幕府は、改易せずに領地を安堵しています。
島津氏は跡継ぎがいない次期に、江戸幕府3代将軍家光の弟、忠長を養子にしようとしたと言われています💠。
幕府からは、「頼朝以来の血統を絶やさないように。」と断られたようです🌱