武田信玄は山国の甲斐から、身を起こして、『戦国最強の騎馬軍団』と言われる軍団を作り上げます。

甲斐、信濃、駿河だけでなく上野の一部にまで勢力を拡大しますが甲斐国内には城を作りませんでした。

「敵にせめこまれたときにはどんな大きな城があっても、どうすることもできない。」

それよりも人の和を大切にして国を治めることが、最大の守りにつながりと考えました。

信玄自身も小さな居館、躑躅崎館に住みました🍀

武田二十四将』が信玄の側に控え、軍事、外交、行政に関与します。

信玄の軍師と言えば、山本勘助

が有名ですが、実は武田二十四将のほとんどが軍師、参謀でした。板垣信形が諏訪郡代であったり、信玄の晩年には穴山梅雪が駿河探題を務めていました💠


人材を適材適所で使うことに優れていた信玄。

部下たちは見事に信玄の期待に応えて、甲斐武田の名声を大いに上げていきます。