徳川軍団は先祖代々の地を離れることを悲しみますが、家康は関東に移ることを決心します🍀。

小田原征伐で東海道にあった家康の城に秀吉の軍勢が入りました。

家康からすると、城の防御面など手の内をさらすことになります💠。

関東に移り、新たな拠点を打ち立てようと考えました。そのために、『江戸を首都』にします。小さな砦だった江戸城を要塞へと造り上げていきます。

同時に家康は自らの系図を新田氏に先祖をつなげ、清和源氏を名乗り始めます。でっち上げとも言われています。

関東は中世より源氏が勢力を置いた地であり、坂東武士にとって源氏は八幡太郎義家以来の崇拝の対象でした🍀

信長や秀吉は大阪に拠点を置いて海外との貿易により、経済力を上げようとしました。

信長の後継者秀吉が考えたのは、大陸への進出でしたが、朝鮮に2回出兵し失敗に終わります。

家康は江戸に拠点を置き、京都の朝廷と距離を置いて、貿易ではなく、農産業を中心とする内需拡大に努めようとします🍀。

鎌倉幕府を開いた源頼朝を見習ったところがあります。

家康は読書家で吾妻鏡を愛読したと言われています。

(つづく)