江戸時代に名高い『伊達騒動』は、仙台藩3代藩主『綱宗』のときに起きます。

綱宗は伊達政宗の孫に当たります。

綱宗は忠宗の6男として生れ、父の死により、19歳で藩主に就きます。守成に徹した父忠宗より、祖父の血を濃く受け継ぎ、豪放磊落な人物でした。

綱宗が戦国に生まれていれば、ひとかどの人物になっていたと言われます🍀

苦労知らずの3代目は放蕩三昧で、湯行に耽りました。一説では幕府の警戒の目を削ぐために、わざとうつけのふりをしたとも言われています。

綱宗の伯父宗勝が親族大名の池田光政や立花忠茂と連合して、幕府に綱村を厳重注意してくれるように訴えでます🍀。

『下馬将軍』と言われた大老酒井忠清が裁定します。綱宗は、隠居し、僅か2歳の亀千代が4代藩主に就きます。

綱村と名乗った4代目藩主もまた御家騒動を起こしてしまいます。側近でかためた政治を推し進めようとして、一門や譜代の意見を綱村が取り入れなかったためです。


(つづく)