徳川家康は豊臣秀吉と小牧長久手の戦いで戦い、勝利しています💠。後に秀吉に臣従しています。

秀吉は家康を臣従させるためにあらゆる手段を講じました。結婚していた妹の朝姫を夫と離婚させてまで家康に嫁がせました。『義兄弟』の関係になります。

秀吉は、小田原北条氏を滅亡させた後、家康を東海道から関東に移しました🍀。

家康はそれまでの三河、遠江、駿河、甲斐、信濃150万石から250万石という大封に『人事異動』です。
見た目は栄転ですが山深い蝦夷への『左遷』です。

老獪な秀吉は、「実力者の家康を京都、大阪から遠いところに置きたい。」

と考えました。

江戸に本拠地を置くように勧めたのは秀吉だと言われています。
家康も本拠地をどこに置くかは悩んでいました。

鎌倉はかつて幕府があったところであり、小田原では秀吉から警戒されます🍀

(つづき)