元親の祖父兼序が本山一族に城を落とされ、その子国親は土佐の地頭職にあった一條氏が保護します。
成長した国親は父の本拠地の岡豊城を取り返します🍀
国親の息子元親は、土佐を統一して四国制覇に乗り出します。織田信長から、「四国は切り取りしだい。」とお墨付きを貰っていました。
当時の四国は百万石でした。ちなみに元親の年齢は織田信長より、2歳年下になります。
元親は南海道(土佐、伊予、阿波、讃岐、淡路、紀井)と西海道(九州)に覇をとげることを目指していました。
小牧長久手の戦いで豊臣秀吉が徳川家康と戦った時には家康を助ける心づもりがありました。
もし、家康が勝てば、元親は褒美として播磨、摂津、淡路を貰う密約があったとも言われています。
毛利氏が四国に加えてこれらの土地を手にするならば、そのあとの歴史が少しかわったかもしれません🌱
(つづく)
成長した国親は父の本拠地の岡豊城を取り返します🍀
国親の息子元親は、土佐を統一して四国制覇に乗り出します。織田信長から、「四国は切り取りしだい。」とお墨付きを貰っていました。
当時の四国は百万石でした。ちなみに元親の年齢は織田信長より、2歳年下になります。
元親は南海道(土佐、伊予、阿波、讃岐、淡路、紀井)と西海道(九州)に覇をとげることを目指していました。
小牧長久手の戦いで豊臣秀吉が徳川家康と戦った時には家康を助ける心づもりがありました。
もし、家康が勝てば、元親は褒美として播磨、摂津、淡路を貰う密約があったとも言われています。
毛利氏が四国に加えてこれらの土地を手にするならば、そのあとの歴史が少しかわったかもしれません🌱
(つづく)