鎌倉から戦国時代まで、源氏は、『清和源氏』の子孫であることを強調します。
源氏は、『清和源氏』が有名ですが、他には『嵯峨源氏』や『村上源氏』があります。これらは、『賜姓源氏』と呼ばれます。
要は天皇家の口べらしです。皇位継承権のない親王(皇太子の弟等)に土地を与えて、宮家から降下しました。
賜姓源氏については別の機会に書こうと思います。
清和源氏の源頼義と、桓武平氏の平直方の娘から、『義家』が生まれます。石清水八幡宮で元服(成人)したため、『八幡太郎
』と呼ばれます🍀。
源義家は武芸だけではなく、古典や和歌にも通じていたと言われています。
義家は京都に戻り、10年間は閉塞状態でしたが、白河法皇に気に入られ、官位も上がります。しかし、次男義親が九州で反乱を起こし、出雲に追放されます。
また、後継者の三男義忠が義家の弟義光と常陸で土地を廻る争いを起こします。
源氏と平家両方の血を引き、『武士の棟梁』と言われた義家は晩年は息子達の行動に手を焼き、不遇を囲います。
義家の死後は、源氏は、一族間で争いを起こし、勢力を減退していきます。
清盛に繋がる伊勢平氏が台頭します。
【この記事は2021年7月25日にアクセスがありました。】