清和源氏の新田一族に山名氏がいました。
室町時代初頭に伯耆や美作等の中国地方や播磨などの守護を山名一族で独占し、『六分の一殿』とよばれました。
旧国(北海道、沖縄を除く)は、66か国あり、そのうちの6分の1を山名一族で支配したからです。
山名家は勢力を拡大していきますが、室町幕府3代将軍義満に挑発され、乗ってしまいます。
山名家の跡継ぎ争いをつけこまれます。
結果、山名家は衰退して行きます。山名宗全(持豊)は、落ちぶれた山名家の3男に生まれます。兄が急逝し、32歳で山名家を継ぎます。
宗全の性格は、『直情、攻撃的』でした🍀
「毘沙門天の生まれかわり」と言われるほど、戦いに強かったのです。面倒見がよい反面、まわりからは嫌われることも。
『直情型』、『毘沙門天の生まれかわり』、、。
どこかで聞いたことあるような、、😁。
『上杉謙信』ですね。
長男でなく、本来は家督を継ぐ立場になかったことも。
宗全は、『嘉吉の乱』で室町幕府6代将軍を暗殺した播磨の赤松氏を討伐して手柄をあげました。
『応仁の乱』時には、宗全は、64歳。
8代将軍義政の日野富子により、西軍の大将に祭り上げられます。
(続く)
【2021年8月9日にリブログしてます。】