身長は、190センチ、体重は、113キロ。
と伝えられる藤堂高虎。
『主君を7回代えて』大名になった人物です。徳川家康と気があったと言われます。
若い頃は弓矢を振り回し、出世の階段をかけ上っていく姿は、豊臣秀吉に及ばないにしても、戦国の申し子のような武将です。
藤堂高虎は近江の下級武士の次男として生まれます。
父の虎高は、かつて、甲斐の『武田信虎』に仕え、『虎』の字を貰ったとも言われます。
12歳で浅井長政に陣狩りをして、姉川の戦いに参戦し、阿辻貞征夷、礒野員昌(かずまさ)、津田信澄、豊臣秀吉、その弟『秀長』に仕えます。
次々と主君を替えた高虎。21歳に秀吉の弟秀長に出会います。
主従関係は長く続き、秀長が病没するまでの15年にわたります。高虎は秀長から鉄砲や算盤、築城術を習います。
成り上がりの若者は必死で事務的な事も身に付けていきます。秀長も与えた課題に必死に取り組む高虎を評価していました。
しかし、高虎は、高野山で出家することになります。
(続く)
と伝えられる藤堂高虎。
『主君を7回代えて』大名になった人物です。徳川家康と気があったと言われます。
若い頃は弓矢を振り回し、出世の階段をかけ上っていく姿は、豊臣秀吉に及ばないにしても、戦国の申し子のような武将です。
藤堂高虎は近江の下級武士の次男として生まれます。
父の虎高は、かつて、甲斐の『武田信虎』に仕え、『虎』の字を貰ったとも言われます。
12歳で浅井長政に陣狩りをして、姉川の戦いに参戦し、阿辻貞征夷、礒野員昌(かずまさ)、津田信澄、豊臣秀吉、その弟『秀長』に仕えます。
次々と主君を替えた高虎。21歳に秀吉の弟秀長に出会います。
主従関係は長く続き、秀長が病没するまでの15年にわたります。高虎は秀長から鉄砲や算盤、築城術を習います。
成り上がりの若者は必死で事務的な事も身に付けていきます。秀長も与えた課題に必死に取り組む高虎を評価していました。
しかし、高虎は、高野山で出家することになります。
(続く)