戦国時代の真田家には、ふたりの源次郎(通称)がいます。

『加津野昌春』と『真田信繁』です。

加津野昌春は、真田幸隆(幸綱)の4男でした。
主君武田信玄の命令で、『加津野』の家督を継ぎます。三兄の昌幸も同じく武藤家を継いでいます。

昌春は後に『真田』に復姓して、『真田信尹』になります。

信尹は小田原北条氏と戦った際に、功績がありました。敵の大将北条綱成が落とした、『地黄八幡』の旗を持ち帰った話が伝わります。

もうひとりの『源次郎』信繁は、昌幸の次男に生まれます。武田家滅亡後に上杉氏の参下に入り、越後へ人質として趣き、上杉景勝に可愛がられたと言います。
後に秀吉に仕えて、『豊臣左衛門信繁』となります。

大河ドラマに出ていた、矢沢三十郎頼康は昌幸と従兄弟でした。

三十郎は大阪の陣では信幸(信之)を補佐し、子孫は松代真田藩の筆頭として明治維新を迎えます。

【この記事は2021年1月16日にアクセスがありました】