徳川秀忠の娘千姫は、豊臣秀頼と結婚していました。母親が姉妹ですので、いとこ同士の結婚です。

豊臣氏が滅ぶ大阪城落城の際に千姫は助けられます。

その後、千姫が再婚した相手が本多忠刻
徳川譜代の家臣で、『徳川四天王』の一人本多忠勝の孫です。忠刻は後に姫路藩主になります。なかなかのイケメンだったと言われています。

徳川家の系図を見ていて、おもしろいことに気づきます。

本多忠刻のひいおじいちゃんは徳川家康です。一方の千姫のおじいちゃんが徳川家康です。頭がこんがりそうですが、血縁者同士の結婚なのです。

忠刻と千姫の間に女子が生まれます。
男子もいましたが、早くに病死しています。

大阪城とともに散った前夫、豊臣秀頼の祟りと当時の人々は噂しました。

(続く)

【この記事は2020年6月14日にアクセスありました。】