赤穂浪士事件で有名な吉良上野介義央(よしひさ、よしなか)は戦国大名の今川義元から数えて、6代目の子孫です。

今川義元は桶狭間の戦いで織田信長に大敗します。
今川家は大名としては没落しますが、『高家』として江戸時代を残ります。4600石と禄高は低いものの家格は高かったのです。

今川家は足利一族でした。同じ一族に吉良家があります。今川と吉良は婚姻関係にありました。

赤穂事件で首を取られた吉良義央は浪士達の手によって浅野内匠頭の墓前に捧げられます。吉良家にとって先祖、今川義元以来の屈辱でした。

事件の真相として吉良が賄賂を要求していたと言われますが儀式に入り要だったからです。