徳川家康の孫は千姫です。7歳で豊臣秀頼に嫁ぎますが、2人の間に子供はいません。

大阪城を脱出した後、千姫は、徳川四天王の本多忠勝の孫忠刻に嫁ぎます。徳川家康の孫と本多忠勝の孫が結婚します。本多忠刻はハンサムであったと言われています。

2人に女子勝姫が産まれます。勝姫は後に備前国池田光政に嫁ぎます。長男は早死にして、その後も千姫は流産を繰り返しました。

また、夫の忠刻が亡くなったのも5月7日であったため、当時の人々は秀頼の怨念と噂しました。