つゆと落ち つゆと消えにし わがみかな なにはのことも 夢のまた夢

伏見城で天下の覇者豊臣秀吉が62歳で亡くなります。
権力者となり、位人身を極めた豊臣秀吉は幼い秀頼の行く末が心配でした。

死期を悟った秀吉は徳川家康や前田利家などの五大老に誓紙を書かせました。

「もしものことがあったとき、京都の伏見城では、防御力が万全でないため、秀頼には大阪城に入るよう」に言います。

今の大阪城があった場所には石山本願寺がありました。八世蓮如の時代に、『大坂御坊』というものがありました。現在の大阪城の天守閣近くにあったと推察されています。

浄土真宗の坊舎や寺内町のことを『大坂御坊』、『大坂寺内町』と呼びました。

『大坂』の由来は一説によると、『上町台地地上に上がる』、という意識から、『大坂』、『小坂』と名付けられたようです。

かつて大阪湾には、中国、朝鮮、南蛮の船が出入りしていたようです。武士たちは大阪に出入りする船に課税する関所を設けていたことが文献から明らかになっています。

大阪寺内町は上町台地の中核都市として発展しました💠