真田信尹という人物がいます🌱。

戦国時代に、武田信玄に軍師として仕えた真田幸隆の4男です。幸隆の3男が、『表裏卑怯』と呼ばれた昌幸(幸村の父親)です

昌幸と信尹は母親が異なりますが、生まれた年は同じでした。

信尹は早くから徳川家に仕えて、家康の信頼も厚い武将でした💠

大阪の陣の時は、信尹は甥の幸村(信繁)に徳川につくように働きかけます。

味方につくなら信濃一国を与える。」

という家康の甘い言葉を持って。

信繁はこの話を蹴ります。

信繁は徳川家康の甘言であることを見抜いていましたし、また、不遇を囲った自分に豊臣秀頼が声をかけてくれたことを感謝していました🌱

大阪の陣の時に信繁の兄信幸は「病気」と称して参戦せず、代わりに息子の信吉と信政を出陣させます。

弟信繁とは戦いたくなかったのと、出陣しても味方から、裏切るのではないかと白い目で見られることを予想していたのでしょう。

現に大阪の陣で信繁が活躍しますので、信幸も豊臣に内通しているのではと疑われます。

真田嫌いの秀忠からも嫌みを言われますが、信幸は堪え忍びます。真田を守った謹厳実直な人物でした霧

信尹はこの信幸の家老として仕えます。