加賀の前田家を継承したのが利家の長男利長です。利長は藩主を7年務めて子供に近い年令の弟利常を3代目にします。
利常は2代将軍秀忠の養女を正妻に迎えて、やがて4代目の光高が生まれます。

徳川将軍家の代替わりごとに、加賀が謀反を起こすと言われています。藩主は将軍家家から妻を貰い、幕府との関係を良好に保ちます音譜

徳川家康は臨終の際に前田利常を枕元に呼び、「俺はお前を殺す気持ちでいたが秀忠が、お前を気に入るっているので生かしてやる。決して二心ないように。」と言います。

利常は鼻毛を伸ばして、馬鹿殿を演じるなど、工夫をします。
前田家は外様大名でありながら、領地を減らされることなく、江戸時代を生き抜いたのは歴代の藩主の努力の賜物だと思います霧
前田家は幕府に近い『親藩』に近い扱いでした。