元就の三本の矢の教えは中国の古典、『西秦記』に書いてありますので、エピソードとも言われています。。

また、元就は死期をさとり、病床に息子達を呼び寄せたとありますが、長男隆元はすでに他界していましたし、次男元春、三男隆景も40歳を越えていました。
大のおとなにここまでいうかは疑問てす。

「我が家には必要なのは教養ではない。謀略や奇策。」

「我が家によい思いをしているものは、外ばかりではない。覚悟しておけ。」と息子達を戒めていました。

元就は、広島県安芸の小豪族に生まれ、大内、尼子との大国に挟まれながらも、謀略でもってのしあがります。

「天下をとろうと思うな。中国地方をしっかり守っていれば天下人に対抗できる。」
と、息子達に言い残しました。