真田幸隆を含めて、『真田三代』と思っていましたが違うようです。
昌幸、幸村、大助を真田三代といいます。

幸隆は幸綱とも名乗っています音譜
清和源氏で滋野氏の子孫、真田幸隆は信濃の豪族でした。武田信玄の父信虎が信濃に侵攻すると、領土を失い、上野(いまの群馬県)で潜伏していました。やがて父親を追放し、武田家を継いだ信玄に真田幸隆は仕えます。
幸隆は軍略や外交、諜報に優れていました。

若き信玄に煮え湯を飲ませた村上氏の居城砥石城を、わずか1日で落としますクローバー

その後も真田幸隆は、軍師に近い形で信玄に仕えます霧

武田24将のひとりに数えられ、真田三代の基礎を固めた人物です。

ちなみに、三男昌幸も、信玄に仕え、『信玄の目』と呼ばれる名将でした。

幸隆は信玄の後を追うように病死しています。