秀元の父親は、毛利元就四男の穂井田元清です。
秀元は従兄で、後継ぎのなかった輝元の養子になります。小早川隆景からは、「秀元は祖父の元就に性格が似ている。」と言われました。
毛利が豊臣秀吉の軍門に下ってからは、秀元は秀吉に忠誠を尽くします
第二次朝鮮出兵では、日本軍の総大将を務めました。関ヶ原の戦いでは養父輝元は、西軍の総大将でしたので、責任を問われ、領地を大幅に削られます。このときに合戦に積極的に参加しないよう説得したのが秀元です。本家の毛利に守ろうとします。
秀元は、輝元に実子秀就が生まれたため、養子からは外れて、秀就の後見人となり、長州藩を支えます。長府藩として別家を興します。
秀元は、72歳まで生きますが当時としては長命でした。
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