小十郎は神官の息子でした。政宗より10才年上の教育係でした。
戦場では常に政宗とともにあり、軍師を努めました。そのおかげで伊達政宗は奥州に覇を唱える事できます

豊臣秀吉の小田原征伐が始まり、政宗は秀吉の部下になることを強要されますが、拒否します。
いよいよ北条氏が滅亡間際の時に政宗は白い装束を着て秀吉に拝謁して臣下になります。
政宗を説得したのは片倉小十郎でした。
政宗はヨーロッパの文化やキリスト教に関心が強く、マリアという側室を持っていました。
江戸幕府はキリスト教を禁止していましたので、側室とは言え、マリアを妻にしているとあらぬ疑いを持たれることになります
小十郎は死の間際に対処法を政宗に伝えます。マリアは家臣に下げ渡されます。
『軍師』として政宗の側に仕えつづけます。
【この記事は2021年1月29日にアクセスがありました。】
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小十郎は死の間際に対処法を政宗に伝えます。マリアは家臣に下げ渡されます。
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