菅原道真は、学者の家に生まれます。幼い頃から秀才で文書博士でした。


英才ぶりを見いだされ、宇多天皇に抜擢されます。ときは、藤原摂関家の『外戚』政治の全盛期でした。


新政をすすめる宇多天皇は、賢者の菅原道真を右大臣に任命します。


藤原北家の長者時平は、謀略を練ります。

宇田天皇の息子で醍醐天皇に、「道真が、あなたの地位を危うくしている。」

と吹き込んだのです。


若い天皇は讒言を信じて道真を大権師として北九州に流します。すでに、60才を越えていた道真は、不遇のまま大宰府で亡くなります。

京都で、干ばつがおき、親王が相次いでなくなり、藤原北家の四人兄弟もあいついで世を去ります。醍醐天皇も崩御します



『道真のたたり』を鎮めるために、天満宮が全国各地に建てられます。

もとは天満宮は病気を治すために建てられましたが、道真が学問に秀でていたため、天満宮は、『学問の神様』として、崇められるようになったのです。