嘉吉の乱は播磨の豪族、赤松氏が室町幕府6代将軍の足利義教を暗殺した事件です。

赤松氏は将軍暗殺後、初代将軍足利尊氏の次男の孫にあたる僧侶を探し出します。
尊氏の曾孫を担いだわけです。ちなみに、6代将軍義教も、尊氏の曾孫です。

この僧侶は還俗して、『義尊(よしたか)』と名乗り、井原に居処がありましたので、『井原御所』と呼ばれます。
いわば、赤松氏にとって、『義尊』は、『錦の御旗』でした🍀。

足利家の旗手(貴種)を担ぐことで将軍を暗殺した赤松氏に『大義名分がある』ことを天下に示したわけです霧

一説によるとこの乱で、赤松満祐は『天下の執権』として、権力を掌握しようとしたのではないかと言われています🍀。

赤松満祐は室町幕府の侍所の次官になるほどの名将でした。祖先の赤松円心は足利尊氏に仕えて、室町幕府創立に助力しました。

赤松氏の反乱は義教の将軍権力が強くなったことを怖れての行動でした。義教が赤松一門に家督を継がせようとしていたので先手を打って将軍暗殺に踏み切ります。

結局、室町幕府から討伐軍隊を送られ、赤松氏は滅亡します。


【この記事は2020年7月17日に加筆修正をしています。】