豊臣秀吉から、「百万の大軍の指揮をとらせてみたい。」

そう、言われた男がいます。

男の名は大谷形部吉継(おおたにぎょうぶよしつぐ)。

吉継は近江の出身で、石田三成よりひとつ歳上になります。2人は親友でした。

エピソードがあります。
ある茶会のときの話です。

お茶は参加者で回し飲みをします。
吉継が、飲むときに鼻水が茶器の中に入りました。
吉継は、疱瘡にかかっていましたので、参加した人々は感染を怖れて、誰も口にしなかったのです。

それを石田三成は、知らぬ顔で飲み干したのです。
このことでさらに、2は、親友として、絆を深めたとのことですクローバー

関ヶ原の戦いでは吉継は徳川家康に味方する気持ちでいましたが、親友の三成からの要請をうけて、西軍につきます。

小早川秀秋の裏切りにより、西軍は崩れます。そんな中でも吉継は必死に防戦します。

しかし、多勢に無勢。
決死の戦いをするも力尽きて果てます。
吉継は自害して、首は部下が持ち去り、地面に埋めたとされています霧

大谷刑部は敗戦の将として、晒し首にあうことを嫌ったようです。



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