前田利家は幼い名前を『犬千代』と呼ばれました。尾張の土豪の前田利昌の4男として生まれます。


なんと、身長が180センチあり、容姿も端麗でした。主君の織田信長に可愛がられます。


利家は子供の時から、信長を尊敬して、慕っていました。また、わかいころから、槍の名手で、『槍の又左』の異名をとりました


順調な人生を歩むかに見えた利家ですがある時、事件を起こしていまいます。


信長の茶坊主であった拾阿弥を殺害してしまいます。信長の目の前で起こした事件で利家は、切腹ものでした。


柴田勝家らがとりなし、利家は助命されるものの信長の怒りは解けず、織田家を破門にされます。


利家は桶狭間の戦いに信長に内緒で参加し、敵の大将首3つ取って、帰参を願うも許されませんでした。さらに、翌年に斉藤氏との戦いに、またも、極秘に参加しました


このとき、『首とり足立』と言われる敵将の首をとり、ようやく信長に帰参を許されます


以後は織田信長によく仕えました。

柴田勝家のもとで活躍し、越中府中に土地をもらいます。


利家は槍働きは一流でしたが大軍団を指揮するタイプではありませんでした。


柴田勝家や豊臣秀吉らと良好な関係が後に利家を大大名への道を歩ませることになります。


豊臣政権で重きをなし、秀吉亡き後は、徳川家康に対抗できる唯一の存在になります。 

家康は天下人への野望を持ちながら、利家存命中は豊臣政権下では表向きは筆頭大老として豊臣政権を支えます。