六代将軍家宣です。
将軍としては、わずか四年間の在職でしたが、『悪法』の生類憐れみの令を廃止させ、新井白石を登用して、善政を敷きました。綱吉時代に大老格であった柳沢吉保を辞めさせています。
一連の政治改革は『正徳の治』と呼ばれます。また、朝鮮通信使の待遇改善にも乗り出しました。

家宣の性格は温厚で、かつ、聡明でした。そして、学問も好きでした。
系図や略図をまとめ直して、『藩翰譜』(はんかんふ)という本にしました。

後継者も幼い我が子ではなく、御三家筆頭の尾張藩主、徳川吉通に将軍職を継がせようとしていました。儒学や歴史が、好きだった家宣にすると、「幼君で天下が治まったことはない。」というものでしたクローバー

新井白石の必死の説得により、結局は家継が、七代目将軍になります。

家宣は、親心より、常に天下のことを考えていたのです。


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