戦国の三悪人』とも呼ばれた松永弾正久秀は大和(奈良)土豪の息子ですが、氏素性ははっきりしませんクローバー

松永久秀は主君を何度も変えた人です。

松永はもとは大和の大名、三好長慶に仕えていました。右筆(書記係)でしたが、めきめきと頭角を顕していきます。久秀は京都の護衛役である『相伴衆』になっていることから、三好長慶に重用されていました。

主君長慶が病死すると室町幕府13代将軍義輝の権威が高まり、久秀にとって将軍は邪魔になったのか、将軍義輝を殺害しています。

その後は同僚であった三好三人衆と敵対しますクローバー三人三人衆が立てこもった東大寺に火をつけて倒します。

やがて、台頭してきた織田信長の傘下に入り、大和一国の領有を許されます。

ここで久秀の裏切り癖が出ます。

武田信玄による『反信長連合』に呼応して信長には敵対します。信玄が行軍中に亡くなり、勝機がないと見たのか信長に降伏します。一度目の降伏は、許されます。

しかし、織田信長と15代将軍義昭が対立すると、再度信長に反抗して、居城の大和信貴城を囲まれます。

織田信長から、「名器の蜘蛛茶釜をわたせば、命は助ける。」と言われますが、久秀は降参しませんでした。
降伏しても信長が許さないことを知っていたためです。

松永弾正久秀は、天守閣で蜘蛛茶釜に爆薬をしかけ、自ら抱いたまま、爆死しました。
久秀は『戦国の三悪人』と呼ばれるだけあり、壮絶なる最期でした。


【この記事は2020年12月7日にアクセスがあり、加筆修正をしています。】