宇喜多秀家の父の直家は下克上の典型的な武将でした。主君浦上宗景を追放し、備前の国を占領しました。暗殺など平気でやった人です。
直家はわずか四十才でなくなります。
あとを継いだのは、八歳の秀家ですが、母親が秀吉の側室になり、寵愛されます。
そのせいか、秀家は秀吉の養子になり、若くして権中納言になります。秀家は秀吉に将来を期待されていました。朝鮮侵攻にあっては、総大将も務めます。
肖像画を見ると秀家は美男子です。母親は絶世の美女でしたのでその血をひいたのかもしれません。
秀家は、前田利家の娘豪姫を妻にします。
関ヶ原の戦いでは豊臣方として戦いますが敗れて子どもたちとともに八丈島に流されます。その間援助をしていたのは加賀の前田家でした。
秀家は八丈島で一生を過ごし、子孫は浮田氏を称します。
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