織田信長の弟には信勝(信行とも)がいました。信長と母親は同じで土田御前です。


兄弟でありながら、家督相続の有力なライバルだったわけです。

うつけと呼ばれた信長に比べて、信勝は、聡明だったと言われています霧


信長は、父信秀の葬式の際に遺影に向かって線香を投げたというエピソードがあります。


このことから、研究者によると、父信秀の後継者として認められていたのは、葬式の場に正装していた信勝だったという人がいます。


信勝は、一度謀反をお越し、兄に許されますが再度暗殺計画を立てますが事前に察知され、清須城で暗殺されます。


信長が病気(仮病)になり、見舞いにきたところを殺害されました。


信勝にしたがっていた、柴田勝家もこのときに、信長につき従いますクローバー

ちなみに、信勝の息子は、津田信澄となり、明智光秀の婿になります。


【この記事に2021年9月10日にアクセスがありました。加筆訂正しています。】